一章 怪しすぎる招待状 3—3


「では、ゲームの説明をいたします。みなさんにやってもらうのは、のゲームです」


 一瞬、沈黙がおりる。

 誰もが真意をはかりかねて、野溝さんをうかがった。

 野溝さんは淡々と続ける。

「もちろん、擬似ぎじ的な殺人ゲームです」


 うん。まあ、そうだよね。ホッ。


「みなさんが紗羅絵さんの配偶者にふさわしいか、資質をみきわめるためのものです」


 言いながら、野溝さんがふりかえる。と、青い制服のアリスが、銀のトレーをテーブルの中央に置いた。

 高価そうな銀細工の上には、男なら腰のひけるようなアクセサリーが載っている。最初、ペット用の首輪かと思った。

 黒革のチョーカーだ。トップにハート型のクリスタルがついている。クリスタルは十二色。全部、色が違う。


(ああ……まさか、これを……?)


 女顔コンプレックスの僕は早くも気がめいった。こんな女の子用のアクセサリー、まさか、つけろというのか。


 まさに、予感的中だ。


 野溝さんは言った。

「これはゲームちゅうのみなさんの『命』です。みなさんにゲーム終了まで、これをつけてもらいます」


 やっぱり……。


「ハート型だから、心臓ってわけ?」

 くすっと、蘭さんが笑う。

 まあね。この人は、すでにコスプレみたいなもんだし。似合うのはわかりきってる。


「このハートのなかに、電波を発するマイクロチップが埋めこまれています。この専用機で電波を受信します」

 小型のタブレットみたいなのを、野溝さんは、かかげた。

 たしかに、クリスタルの色に呼応した十二色の光が、一か所にまとまっている。


「このハートの部分がチョーカー本体から離れると、モニターから光が消滅します。その時点で持ちぬしは『死亡』です」


 ハートの奪いあいが、殺しあいってわけですか。

 まあ、それは納得。


「これを最後の一人になるまで奪いあえってことですか? でも、それじゃ腕力のある人が、だんぜん有利ですよね」

 僕と体格差のない大塚くんが、不安そうに言った。

 僕も勝つ気はないけど、痛いのは、やだな。


「ご心配なく。みなさんには護身用に、あるものをお渡しいたします。もちろん、それだけでは不安でしょう。そこで少々、ルールを複雑にさせてもらいました」


 ふむ。


「このゲームには『告訴』と『自首』が存在します。会場には『ジャッジルーム』が用意されておりますので、『告訴』あるいは『自首』には、この部屋を使ってください」


 告訴に自首ですか。

 ほんとに事件っぽい。


「みなさんが『殺人』を目撃したとします。『犯人』をジャッジルームで『告訴』していただきますと、犯人は逮捕されます。つまり、ゲーム上、失格ということです。もちろん、告訴内容が正しければ、ですが」


 なるほど。それなら僕みたいな非力な人間でも、勝ちあがることはできる。


「さらに、告訴の場合、犯人自身のものを含む、犯人の所持する全てのクリスタルを、告訴した人が所有できます」


 赤城さんが問う。

「ちょくせつ、むしりとらなくても、ハートの持ち数を増やせるのか。でも、それに意味がありますか?」

「ハートはゲーム終了後、一つにつき一千万円と交換します」


「えっ? 一千万?」

「それで最高一億二千万!」

 みんなが急に色めきたつ。


「ただし、ジャッジルームの独占をふせぐため、一人のかたが二度以上、続けてジャッジルームを使用することを禁じます」


 つまり、ジャッジルームを一度使うと、別の人が終わるまで、その人は利用できなくなるってことだ。


「ちなみに告訴と自首ができるのは、ゲーム上、生きているかたのみです」


 まあ、そうだろうね。

 死人に口なし。


「では、次に自首についてです。誰かのハートをうばったあと、告訴される前に、みずからジャッジルームへ行き、罪状を告白します。これが自首です。その場合、入手したハートを所有したまま、ゲームを降りることができます」


「えっ、ということは、誰かのハートを二つ、とったあと自首すれば……」

 やっぱり、いちはやく座長が反応。

「さようです。自身のハートとあわせ、三千万円の賞金をさしあげます」


 それは……おいしい。

 自分で自分のハートちぎって、自首したんじゃダメかなぁ。


 試しに聞いてみる。

「あの、自分のハートをとっちゃうのは、どうなるんですか?」

「それは自殺ですよね。自殺は紗羅絵さんとの結婚の意思がなかったとみなし、失格です。参加費を返還後、退場してもらいます」


 ああ、やっぱり……。


「他のかたに、わざと自分のハートをとらせる行為も、自殺と判断します」


 わかりましたよぉ。

 自殺はあきらめよう。


 僕はついでに気になってたことをたずねた。


「あのですね。自首にしろ、殺されたにしろ、負けた人っていうのは、どうなるんですか? 自殺者みたいに、その場で退場ですか?」

「敗退者にも、ゲーム終了まで、会場にいてもらいます。そうでなければ、ゲームがおもしろくありません」

「あの……でも、それだと、誰が誰を殺したか、すぐ、わかっちゃうんじゃ? ゲーム上、死んだって言ったって、じっさいには、その人は生きてるわけで。みんなの前で吹聴しますよね?」

「ですから、相手に誰が殺したかわからないようにして、殺してください。それなら、腕力は必要ないでしょう?」


 うーむ。たしかに、そうだけど。

 なえるなあ……いや、勝つ気ないけどさ。

 首にぶらさげたものを、どうやって相手に気づかれずに、むしりとれと?


 僕はもうゲームに興味を失って、ぼうっとしていた。


 となりで、蘭さんが口をひらく。

「ハートの数は? 途中でハートを七つ持って降りた人と、五つだけど、最後まで残った人では、どっちが勝ちになるんですか?」

「数は関係ありません。あくまで、最後まで生きていた人の勝利です」


 なんか、蘭さん、真剣に考えてるけど、本気で勝つ気なんだろうか?


「説明はそれだけです。何か質問がありますか? なければ、それ以外のことは、ゲームちゅう、何をしても有効にしますが」


 僕は別になかったけど、猛が手をあげた。


「最後に二人、残るよな。二人とも殺人者なら、相手が誰を殺したか、必然的に知ってることになる。早い者勝ちで告訴すれば、勝ちだ。なら、相手をなぐって失神させてしまえばいい。最後はけっきょく、腕力勝負になるんじゃないのか?」


 たぶん、このなかで一番、腕力あるのは、兄ちゃんだけどね。


 しばらく野溝さんは思案した。

「その場合は持久戦にしましょう。最後の二人は、告訴無効。相手を殺すか、自首させてください」


 そこ、重要なとこだよね。今になって考えるようなことかな……。


(まあいい。僕らは二人だ。猛のハートをとらせてもらって、すぐ自首しちゃえばいいや)

 僕は軽く考えていた。

 のちに甘かったと思い知らされることになるんだけど。


「では、みなさま。参加の意思がおありなら挙手願います」

 全員の手があがった。

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