六章 密室 2—1

 2



 一昨日まで、たがいの顔さえ知らなかった僕ら。


 その僕らが、こうして、一人の人間の記憶で、つながっている(僕は代理だけど)。


 なんとも奇妙な縁だ。


 みんなの口から語られる記憶の断片が、更科優衣という女の一生をえがきだす。


「始めに言うとくけどな。さっちんは自殺やで。まあ、ウワサに聞いただけやねんけどな。


 だから、殺したっちゅうんは、自殺に追いこんだやつってことなんやろな」


 そう前置きして、三村くんは語る。


「あいつんちは複雑やった。おれもガキんころは教えてもらえへんかったけど。


 あいつのオカン、若い男作って、亭主から逃げだしたみたいなんや。


 ほんで、若い男とのあいだにできたんが、さっちんや。


 男はすぐ逃げてまいよって、母子家庭で、さっちんは育った。


 えらい評判、悪かったわ。さっちんのオカン。しょっちゅう違う男、つれこんで。


 さっちんも、それがイヤやって言うてたな。


 ほんで、そのオカンが死んだんが、中一の終わりごろや。


 オカンの実家が京都にあってな。さっちんは、そこに引きとられた。


 けっこう、ええウチやったみたいやで。ええウチちゅうんは、アットホームと、ちゃうで。金持ちちゅうことや。


『よかったな。さっちん。お姫様やな』言うて別れてんけど、ほんまは、そうでもなかったらしいわ。しつけの厳しい、口うるさいババがおってな。


 高校のころには、もう連絡とってへんかったけど、さっちんが東京行ったんは、ババんちが居心地悪かったからやろな」


 三村くんが、いったん口をつぐんだ。このとき、湯水くんが発言しかけたが、猛が、とどめた。


「一人ずつ順番に話したほうが早い。三村の話を聞こう」


 それで、三村くんが続ける。


「話すっちゅうても、あとは三年前、一回、会うたときのことだけやな。東京、行ったとき、ぐうぜん、町なかで会うたんや」


 三村くんは、そのときのことを詳細に述べた。大阪に帰ってから、電話がかかってきたことも。


「あんとき、おれ、ノロケのうちや思うて、親身になってやれへんかった。また電話してや言うて、切ってしもてん。


 あいつが死んだって聞いたん、その二週間後や」


 三村くんは自分の頭をかきむしる。


「アホやった。なんで、あんとき、まともに聞いてやれへんかったんや。何年も会うてへんかった、おれに泣きつくほど、あいつ、追いつめられとったのに」


 三村くんの話は終わった。


 しかし、かなりの収穫だ。


 更科優衣の外堀を越え、本丸をのぞむ中庭くらいまでは達した感じ。


「今の話を要約すると、彼女は憧れの男と交際し、結婚まぎわまでいって、失恋した。それで、自殺。


 なら、彼女を殺したのは、その男に間違いない」


 蘭さんが冷静に言う。


 すると、赤城さんが、あッと声をだした。


「聞いたことがあるぞ。更科くんの恋人は、たしかモデルか俳優か、そんな相手だった」


「赤城さんの店でメンズやめたのが、四年前くらいでしたよね?」


 蘭さんが、たずねる。


「三年半前だね」


「更科さんの自殺が三年前。時期的に、赤城さんの聞いた男が、『更科優衣を殺した男』である可能性は濃厚ですね」


 僕のサイクルでは、一番長かった彼女が半年。


 ごめん、薫のあんちゃん好きになってしもたーーが、彼女たちの決まり文句だ。


 けど、一般的な人のサイクルでは、不自然ではない時間経過だ。


「モデルって、アキトくん?」


 僕の意見を、みんなが吟味する。


「参加者が全員、更科くんと、かかわった人間なら、そのなかに『彼』や『もと彼』がいるのは、当然と思うね」と、赤城さん。


「アキトか……柳田さんってことも考えられるやろ? 役者やで」


「ちょっと待ってください」


 蘭さんが言う。


「アキトくんは、たしかに顔はよかったですよ。


 だまって立ってれば、女の人が、あこがれたかもしれません。


 でも、柳田さんは、どうなんですか?


 あの人、ちょっと冴えないっていうか、女性があこがれる男とは考えられないんですけどね」


 ふわ。蘭さん。しんらつ。


「男は顔だけやないで。そう言えば、さっちん、小学の文集に、将来の夢、女優って書いとったな」


「なるほど。それなら、ありえますね。弱小ながら自分の劇団を持ち、夢に、まい進する男。


 女の好きそうなパターンだ。


 しかも柳田さんは既婚者だから、結婚の約束で、両者のあいだに対立があったと考えられる」


 そうか、不倫ねーー


 そこで、僕は思いあたった、


「もしかして、馬淵さん、柳田さんの不倫相手、知ってるんじゃないですか? 前に、もめてたことって、そのことなんじゃ?」


 馬淵さんは、そっぽを向いて、ぶしょうひげをなでた。


 猛が援護射撃してくれる。

「たのむよ。馬淵さん。人命にかかわるんだ」


 しぶしぶ、馬淵さんは白状した。

「わかった。知ってることは話す」


 馬淵さんは、柳田さんの奥さんと旧友だと告げた。


「柳田は複数の劇団員と不倫関係だったようだ。おれが聞いた不倫相手は、たしか、さら——なんとかだった。それで、紗羅絵と聞いたとき、この人だったかと思ったが。思いだしたよ。たしかに、更科だった。三年か、四年前のことだろう」


 猛が聞いた。


「柳田さんに、はっきり聞かなかったんですか?」


「相手の女になんか興味ないからな。どうやって、別れた妻子に責任をとるかしか話してない。あいつは、このゲームで得た金を全額、妻子に渡すと言った。だから、おれは満足して帰った。殺人には無関係だ」


 ところが、蘭さんは断言する。


「無関係じゃないかもしれません」

「そうか?」


「あなたたちの会話を、もし犯人が聞いていたら、どう思いますか? 犯人は更科さんが、柳田さんと不倫関係だったと気づいた。そして、更科さんを自殺に追いこんだのは、この男だと考えた。殺しの動機になりますよね?」


 馬淵さんが、うなる。


「たしかに、そうだな」


 僕も、そう思う。

 柳田さん殺しの動機は、たぶん、それだ。

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