二章 殺人ゲーム 一幕 3—1



 いつまでビクビクしてても、しょうがない。僕はシャワーをあびることにした。

 奥のガラスドアをあけると、思ったとおりユニットバスになっていた。

 左手が浴槽とシャワー。

 右手奥が便座。

 右手前に洗面台がある。

 右手と左手のあいだにカーテンレール。

 外を出歩くのは怖いので、浴場まで行かなくていいのは、ほんと助かる。


(イヤになっちゃうなぁ。スタンガンなんて、みんな、ほんとに使うかな? でも、億の大金かかってるもんな。みんな、やるよなぁ……)


 とにかく昼間は、ずっと猛にひっついてればいいんだ。それで猛のハートをもらって、楽勝。楽勝。


 シャワーカーテンの内と外。両側に監視カメラがついてるのは、ちょっとゲンナリだが、設備は最高だ。

 気持ちよく汗を流して、寝室に帰ってきたとき、とつぜん電話が鳴りだした。

 僕はとびあがった。恥をしのんで言えば、二、三歩とびはねて、浴室のガラスドアにぶつかった。


「わぁ、わぁ、わ……って、電話か。ちぇ」


 猛に見られてたら、「かーくん。ベリーキュート」とか言われて、頭をかいぐりまわされてるところだ。もしかしたら、ほっぺチューかも。


 僕は腹立ちまぎれに、ちょっと乱暴に電話に出た。

「もしもし!」

「……」


 なんだろうか。

 電話の向こうで、しばらく無言が続く。


「もしもし? ちょっと? 猛じゃないの?」

 すると、ようやく応答があった。

「103、川西だな?」

 その声を聞いたとたん、僕はふるえあがった。受話器から聞こえてきたのは、肉声ではなかった。ボイスチェンジャーを使った機械音声だ。


「だ、だ、だ、誰だ?」

 恥ずかしながら、僕の声は裏返っていた。


 ふふふ、と機械の声が笑う。

「知ってるんだよ。あんた、じつは川西じゃないんだろ?」

 さらに、ささやくような声で相手は言う。

「あんた、川西の偽者だよな? いいの? 参加資格ないのに、ゲーム出ちゃって」


 ばれてる?

 僕の秘密、ばれちゃってる?


「な……なんのことだ? さっぱり、わからない」

「ごまかせると思ってんの? おまえ、東堂の弟なんだろ」


 ダメだー! やっぱり、ばれてる。


「ナイショにしときたいなら取り引きしようぜ。今からすぐに大浴場まで来い」

 ぷつんと電話は一方的に切れた。


(うーん……困った。たしかに僕は代理だし、参加資格はないよね)


 ああ……せっかくの参加費が。

 ミッションボーナスが。

 兄弟でハートをとりあって軽く上がろうと思ってたのに。


 こういうときは、猛に相談だ。

 僕は迷わず、201に電話をかけた。

 電話は通じたが、何度コールが鳴っても、猛は出てくれない。

 困った。猛は入浴中だ。

 ふだんはめんどくさがりなのに、たまに異様に長風呂なんだよね。前に湯船つかったまま寝てるの見たときは、死んでると思った……。


 うーん……どうする?

 さっきのやつは取引って言ってたから、僕からハートをとって、それを誰にも言わないように脅すつもりだ。

 まあ、勝つつもりはなかったが、みすみす一千万を渡すのは悔しい。


 このとき、僕は欲張らずに、取引に応じておくべきだった。

 そうすれば、あんな苦痛と恐怖と〇〇〇を味わわずにすんだのに。

 でも、僕は欲張ってしまった。

 とにかく、兄と相談してからと思い、猛の部屋へ行くことにしたのだ。


 昼間の服に着替え、内側の認証装置でロックをはずす。

 ドアのすきまから、外をのぞいた。廊下は暗くなっていた。どうやら、消灯時間が決まってるらしい。

 廊下の角々に燭台しょくだい型の照明があり、黄色っぽい光をぼんやりと周囲になげている。それはかえって闇の濃さを強調していた。


(やだなぁ……ドキドキする)


 大丈夫だ。これは模擬殺人。ただのゲームだ——そうわかってはいても、古風な洋館の暗闇は迫力ありすぎた。


 壁にへばりつくようにして、僕は廊下を歩いていった。

 エレベーターが近いが、なんでか動かなかった。これも消灯時間とともに止まる仕掛けか。

 しかたない。大階段だ。猛の部屋は階段あがって、すぐ右手だ。

 そう思って、ふたたび歩きだす。


 ところが、僕がエントランスホールまで来たときだ。

 ホールはガラス壁の食堂の明かりで、少し明るい。ほっとした僕は背後に対して無防備になってしまった。

 いきなり、バチン!

 それでもう意識がとだえた。

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