二章 殺人ゲーム 一幕
二章 殺人ゲーム 一幕 1—1
説明が終わると、老画家は姿を消した。
紗羅絵嬢のホステスで豪華なフルコースがふるまわれた。
こっちは正直、山海の珍味を味わう気分じゃない。
これから、自分以外の全員が、ゲームのなかで敵になるのだ。
でも、高価なワインやシャンパンが進むと、緊張もゆるんでくる。言ったところで、ほんとに殺しあうわけじゃない。そう。ただのゲームなんだから。
デザートが終わり、コーヒーが運ばれてくると、ゲストたちは席を立ち、思い思い、寄り集まった。
紗羅絵さんのまわりには、ハイエナのように何人もが群れた。
アキトくん、座長、オタクくん、湯水くん。赤城さんと、パンクロッカーもいる。
彫刻家の馬淵さんは一人離れている。めいそうでもしてるみたいだ。この人はルールの説明中も、ひとことも口をひらかなかったし、どうも読めない。
大塚くんは美大生らしく、すごく熱心に、マントルピースんとこの画家の自画像に見入っている。
この自画像、僕も食後に近くで見たけど、見れば見るほど、なんか怖い。
タイトルは『決意』。
なんの決意だろうか。
芸術的な方面か?
僕は猛と二人で話したかったので、タバコを吸いにベランダに出てく兄のあとを追った。
……のだが、蘭さんが、僕らのあとについてきてしまった。
「あれ、蘭さんはいいんですか? 紗羅絵さんのごきげんとらなくて」
「女なんて、ほっといても媚びてくる」
あらま。そんな嫌悪感むきだしに言わなくても。
「さすが、蘭さん。余裕」
「それを言うなら、あなたたちもでしょ? タバコなら、おつきあいしますよ」
「僕は吸わないよ! そんな肺ガンのリスク、背負うマネできないからね。僕は危ない乗り物には乗らないし、工事現場には近づかない。お酒は好きだけど、ガマンして、たしなむていど。食事のバランスを考え、定期健診はかかさず、徹底的にローリスクな生活を心がけてるんだ」
なんか、蘭さんはあきれていた。
まあいい。他人にはわからない悩みだ。
大きなフランス窓からベランダに出ると、外気はひんやりしていた。山奥の夜は五月でも肌寒い。
「すごい。夜って、こんなに、たくさん、星があったんだ」
「ほんとだなぁ。天の川、見えるぞ」
「プラネタリウムみたいだねえ。猛」
とは言え、星がキレイで楽しいのは、となりに猛がいて、みんなが食堂でさわいでるからだ。
これからさきずっと、この館でひっそり暮らすのは、涙が出るほどさみしくなる。
やっぱり、僕はいらないなぁ。いくら豪邸でも、こんな人里離れた場所にある洋館。
感慨にふける僕のとなりで、マイルドセブンをくゆらせながら(副流煙反対!)、猛がつぶやいた。
「あのじいさん、おれたちに何をさせる気なんだろう?」
「何をって、紗羅絵さんの花婿選びだろ?」
「違うね。どんな恩があろうと、孫娘の幸せを願うなら、本人に選ばせるよ。ほかのやつらには、はなから二千万ずつでも渡してやれば、それでいいんだ。わざわざ変なゲームさせるには、それなりのわけがある」
「わけって、なに?」
「それがわからないから不思議なんだよ」
「僕たちの皆殺しじゃないですか?」
これまた高価そうなシガレットケースから、タバコを出して、蘭さんが言った。
タバコは普通の紙巻きなんだ。てっきり、葉巻かと思った。
「よせよ。シャレにならない」
「火をください」
言いながら、蘭さんの手が、すうっと猛の肩に伸びてく。あれよあれよというまに、蘭さんの頭部が猛の頭に近づいていくんで、僕はギョッとした。
なにする気だ? この人? ま……まさか、猛に迫ってるのかっ?
と思ったら、蘭さんのくわえたタバコのさきが、猛のタバコのさきに、ちょこんとぶつかる。二人のあいだで赤い火が伝染した。
な、なんだ……ただの火の受け渡しか。いわゆるシガレットキス。
それにしても、なんなんだ。
この倒錯的な感じ。
色気が……色気が、ハンパない。
(わあっ、僕の兄ちゃん、変な道にひっぱりこまないでェ!)
見てる僕のほうが恥ずかしいよ。
いや、猛もかたまってるから、たぶん、そうとうビックリしたんだろう。あんなふうになってる兄は、めったに見られない。
しばらくして、猛は気をとりなおした。
「それ、クセか?」
「何がですか?」
蘭さん、ぜんぜん無頓着にタバコふかしてる。
うーん、無意識なのか?
こまったクセのある人だなぁ。あれじゃ、たいていの人は勘違いするよね。迫られてるんだって。
そこへ、またフランス窓があいて、三村くんがやってきた。
「やっぱ、あかんな。外なら通じるかと思ったけど、圏外や」
三村くんが電波を探してるのは、僕ら兄弟と同じ、まだ二つ折りのガラケー。
うちはスマホ、兄ちゃんに持たせると、絶対、こわすし。超絶破壊神に十万もする機械、あたえられないよ。
「この山中じゃ、ムリですよ。来るとき、中継基地なんて見ましたか?」
蘭さんに問われて、三村くんは首をかしげた。
「どやったかな……おっ? でも、見たで。山んなかに巨人みたく、孤高に立っとった」
「でも、現に圏外なんでしょ? 見間違いですよ」
「まあ、ええけどな。オカンにヒマコールするだけやし」
猛は興味ないのか、タバコをベランダの手すりに押しつける。
やめろって! 人んちだよ。
「に——」
はっ! いかん。あやうく、兄ちゃんと言うところだった。
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