第75話 体育祭フェスティバル1
陰キャラや運動できないものには憂鬱な体育祭がやってきた。俺はどうでもいいと、あくびをしながら状況を見守っていた。
夏休みのあの日から会議には一度も出ていない。だが全く心配はしていなかった。あの会議では俺が居ても居なくても変わらないし、あの会議でもし決まらなくても生徒会役員総出の極秘会合で足早に決まるからだ。そんな訳で俺は風紀委員テントに居た。
本部テント、と呼ばれる校長、教頭、放送部が居るテントのちょうど反対に構えている我らが風紀委員テントでは風紀委員の面々が忙しそうに走り回っていた。
「……俺以外はな」
そう。俺はアドバイザー的立ち位置なのでできることがないのだ。走りたくもないし。
そもそも、上に立つ者が動かず、座って楽しんでいるのはどうもいけ好かない気がしてならない。彼らがいいのなら俺だっていいはずだ。だって俺、偉いし。
「おっ!何してんだ?その様子だとしょうもない事みたいだろうが」
後ろから風紀委員長、杉本高馬が声を掛けて来た。彼の右腕には赤色の腕章がはめられていた。
「……ほっといてくれ。ところで用は?」
「いや、たいして要は無いんだが……。どうして今日はここに居るんだ?」
どうして……。確かにそう言われるとどうしてだろう。何も用がないのならクラステントへ行くべきだし、部活用テントもあるので再起部テントもあるはずだ。
「……どうしてを見つけるためだ」
「なるほどな。さっぱりわからん」
大口を開けて豪快に笑う委員長。こんな人のいい性格をしていて実は数多の校則違反者をしたひとつで泣かせ、精神崩壊寸前までした人物だとは思わない。
「……仕事の方は?」
「上々だ。お前の案のおかげだよ。礼を言う。ありがとう」
「……まだ終わってないぞ」
茶化すような言って右手を振った。委員長は再びガハハと笑いながら持ち場へと戻っていった。
全く……。そしてここでようやく俺は1人になりたかったのだと分かった。しかし、今日は体育祭。一人になることなど普段の授業でさえできていないのに今出来るわけがなかった。
「あれ?用意はいいのですか?」
声を掛けて来たのは潰します、と宣言した如月明李だった。弛緩していた思考と筋肉が急激に緊張する。今日は体育祭だが、まだ始まっていない。風紀委員がせわしくしているのはいつもの事だが、体育祭前の誘導や整理をしているからだ。
「……俺は関係ないんでね」
「それはそうとして……。どうして既読スルーなんですか?」
「……あれをどう返せというんだよ」
俺がそう返した時、強い風が吹いた。顔の様子を盗み見ると、やはり前と同じような、黒く染まった光を通さない眼をしていた。背筋に戦慄が走った。
「一輝と相談したようですね。私に告白させないようにする。そして自分から行く、と。本当ですか?」
何処か面白がる口調だった。
「……あぁ。だが何故それを知っている?」
まさか一輝が話したとは思えない。そもそも一輝は先生による
「今は情報社会ですよ?守るのが難しいのは当たり前。漏洩は望まなくても起こりますし」
何もわかっていない、とでもいうような口ぶりはここまで自分は読んでいたぞと言う主張だった。俺は行きなり、崖の上に立たされ気分だった。
「……それを知って何が目的だ?」
「松平さん。メールの内容、覚えてますか?」
あんな印象の強いメールを早々忘れることなんてできるはずがない。俺はこくりと頷いた。如月明李は俺をじっと見据えてきた。
「松平さんが受けている依頼を達成できなかったら……その時松平さんは潰れることになりませんか?」
「……は?」
「勿論、今すぐに、という訳ではありません。そんなことをするとそこで終わってしまいますからね」
事後報告のように淡々と話していく如月は楽しそうだった。夢を与えられた子供のように嬉しそうな表情を浮かべ、面白い話を聞かせるがごとくの勢いだった。
「……俺に恨みがあるのか?」
「恨みなんてとんでもない。私は松平さん。あなたの事が大嫌い。だから潰す。覚悟しておいてください?体育祭中にも仕掛けますからね」
俺が訊いた後から、嬉しそうな表情はピタッと消えてなくなって、ただ言葉を並べている機械のように早口で捲し上げた。
如月は話すのをやめた。俺が話を聞いていないと思ったわけではなく、これ以上の会話は無駄だろう?という安い挑発だった。
「……俺を潰すのは難しいと思うぞ?」
学校生活で俺がつぶれるようなものは何もない。強いて言えば美玖ぐらいだが、彼女は知らないだろうしな。
情報社会で一番強いのは秘密を1人で抱え込んだものだ。その人は誰にも何にも教えない。そうして漏洩などをさせないようにするのだ。
「自信家ですか?では楽しみにしておきます」
残念ながら如月は別の意味でとらえてしまったようだ。だが別に否定して訂正する気は無い。秘密は溜め込んで自分だけが使えるカードにしておけばリードできる。
「……これだけか?」
「えぇ。宣戦布告をしに来ただけですから。あと、言っておきますが、一輝が体育祭でどんなに頑張っても告白はされませんから」
「……それは俺が彼に教えた案の一つ目なんだが?」
教えてやっぱりやめたと捨てた案だった。体育祭などで頑張った。なら告白しよう!何てなるのならば俺のところになどこないだろう。
「安っぽい案では通じませんよ?」
「……俺にやる気は無いんだが?潰してくれと待っている状態ならどうするつもりだ?」
「あなたはその両手の中に入りきらないほどのものを背負っているからそんなことは絶対にありえない。けれどどうしてもという場合は―――――2文字の言葉で事足りるでしょう?」
黒い眼が不敵に笑った。如月はどこまで知っているんだ?!混乱と不安が混ざり合い、俺の恐怖感が爆発する。
「……さぁ?そ、それはどうかな?」
俺はそう返すのがやっとだった。
いつものように時間がある訳じゃない。いつものように偶然が味方をすることもない。策略と策略のぶつかり合いが始まった。
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