第65話 友人

 友人。またの名を友達。しばらくの間友達がいなかった俺はそのワードを聞くだけで少し身構えてしまう。さらに付け加えるとこれからその数少ない友人に彼女の事を相談するのだが、心配である。

 待ち合わせの時間通りに到着する。相手は2人。しかも新カップルという何とも言えない肩書も持っている。


「待たせたな。悪い」


「よっ!」


「……今来たばかりだ、気にするな」


 莉櫻と真鐘である。俺が先日の件で荒れていたのを知った真鐘が事情聴取をするために作った時間が今のこれである。だが、あの件は俺の中で反省や思いもいろいろと整理したつもりだ。なので、この2人の自己満足を満たすためだけの時間だ。


「麗律の家へ行こうか」


「お前は自分の家に行きたくて仕方ないようだな」


「え?うん。そうだね」


「否定しろバカッ!」


 ついつい莉櫻に突っかかってしまう真鐘は、一生莉櫻には勝てないと思う。


「……家か」


「どうした?何か不都合か?」


 いや、そうではない。そうではないのだが、今は距離を置こうとしている身とはいえ彼女持ち、真鐘がいくら男に近しい性格や言動をしても女の子。入って良いものなんだろうか。


「……いや、なんでもない」


 もうそこらを考えるのは止めよう。真鐘と美玖の事だ。どうせ俺の知らない場所で連絡を取り合っているのだろう。

 そこから歩いて真鐘の家へと向かう。友達の家に行くのは何年以来だろう。来てもらう方なら最近あったのだが。俺は2人と離れて歩きながら考えていた。

 誰にでも2人の桃色空間というものは存在する。他人のを見て、爆発しろ!と思わないこともないが、相手は友達だし、俺の時にも(無意識)黙っていてくれたから存分に楽しんでくれ、と思う。


「ここが家だ」


 しばらく歩いて真鐘の家へと着いたようだ。外観はシンメトリーの赤を基調とした建物だ。実際、真鐘の家は右半分なのだそうだ。それで2階もあるというのだから、アパートとも、一軒家とも言えるその家に俺は少し憧れてしまう。


「部屋?リビング?」


「あ~そうだな……。リビングにするか」


 莉櫻はもう何度も訪れているような口ぶりだった。実際来ているのだろうと思う。真鐘と横並びで迷うことなく進んでいるのがその証拠だ。

 俺は2人についていく。リビングに通された俺はソファに座った。南側に大きな窓があり、日が差し込んでくる。西側に本棚やテレビがあり、俺が座っているソファは東側だ。


「我が家のようにくつろいでくれ」


「はいはーい」


 この家はそういうルールらしい。他人の家には自分の家とは違うルールが設けられていることが多々ある。俺は真鐘に礼を言い、遠慮なく居ることにする。


「潤平?」


「……どうした?」


「眼が死んでる。あと心なしか声にも張りがないよ」


 テーブルを挟んでテレビ側に座る莉櫻。そして、ジュースやお菓子を持ってきてくれた真鐘にも顔を覗かれる。


「本当だ。大丈夫か?」


「……自覚は無い。……そんな酷いか?」


 2人共に頷かれてしまった。


「これは重症だね」


「松平。何があったか自分たちに話してくれないか?そりゃ、お前だっていろいろと考えているんだと思う。現に今一度も眼が合ってないしな」


 そう言われてハッと顔を上げ、真鐘を見据えた。彼女の顔は真剣そのもので冷め切っていた俺の感情が嬉しいと少しだけ感じる。


「それでも話してしまった方が楽なときもある。どんなに小さいことだっていい。お前をそんなにしている原因は何だ?」


「……絶望だ。絶望。もうこれ以上は無いんじゃないかっているレベルの絶望」


「美玖ちゃんとの関係性はなんだい?」


 コトン、とテーブルにジュースが置かれていく。そのグラスは光が反射して眩しく見えた。


「……俺は知らなかったんだ。4年もいたにもかかわらず。何にも知らなかった」


 こうして俺は止めていたものを全て2人に吐き出した。2人で遊んだ思い出、美玖が俺に隠していたこと。会長との関係性……。言葉を何とか紡ぎだす俺の話は長く、下手くそだったように思う。だが、2人は他に何をするわけでもなく、ただ聞き耳を傾けていた。


「松平の言い分は分かった。だが、松平にも黙っていることの1つや2つぐらいはあるんじゃないか?」


「……ある」


「だったら――――」


「麗律」


 どうして、と続けようとしたところで莉櫻が割って入ってきた。


「知りたいっていう気持ちと、知られたくないっていう気持ちは違うよ」


「それは……いや、そうかもしれないな」


「会長とかが知っているのに彼氏である俺が知らなかった、っていう焦りもあったんじゃないかな」


 莉櫻は俺ではなく真鐘の顔を見てそう言った。俺は否定もせず、肯定もしなかった。ただ、2人の話を聞く。それだけで幾分か楽なのだ。


「それで、会いづらいのか」


「実際に美玖ちゃんと話してはいないらしいけど……。このままいくとたぶん」


「なぁ、松平。お前はどう思っている?」


 抽象的な言い方だったが、俺はすぐに意図を読み取った。美玖の兄、壮一の存在が俺に知られていることを美玖は知っているのだろうか。美玖はこの出来事に何処まで関係しているのだろうか。


「……好きだ。この思いは変わらない」


「ひゅ~。カッコいい」


「茶化してやるな。松平の思いが変わってないなら自分たちが協力してやってもいいぞ」


 言った後に気付くこの恥ずかしさは先生を母親呼びしてしまった時より強かった。そして真鐘が何も反応してくれなかったのもプラスで効いた。


「……別にいい、といったところでやるんだろ?」


 当たり前だといわんばかりにふんすと鼻を鳴らす真鐘。それに対し莉櫻はどうする?と眼で訴えてくる。これでは断れない。


「……俺を助けてくれ」

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