第61話 無能と有能
「無能」という言葉がある。対して「有能」という言葉がある。この二字熟語は、資本主義国、日本にいる限り一生ついてまわるものであった。
「2年生代表、東野。報告書類が上がってきていないのだが?君は体育祭を潰すつもりか?」
会長である沖田優が2年生代表の東野真を問い詰めていた。
会長指揮下のもと、それぞれが慌ただしく会議を駆け巡っている中での一言に、全員が申し合わせたようにピタリと一瞬にして止まり、東野先輩へと視線が突き刺さった。
「え?そんなことは……。確かにまとめて提出したはずです」
東野先輩は拳を握り、声を荒らげるのを我慢している。
「では、我々生徒会の誰かが、2年生がまとめ上げた重要書類を損失させた、と。そう言いたい訳だな?」
嘘だ。と俺は反射的に思った。
生徒会役員には会長が自ら選定した人間のみ、なることが出来る。重要な書類を失くす役員など、会長が選ぶだろうか。……絶対にありえない。と、すれば彼が提出していないことは確実だった。
「いえ、他にも可能性はあります」
どうして隠したいのかは不明だが。
「誰だ?」
「1年生です。体育祭をよく知らない1年生の事です。事の重大さを考えず行動してしまったのでしょう」
東野は俺達に責任転嫁をした。会長の眼だけが1年生代表の俺に刺さってくる。だが、嘘八百の東野の言葉。証拠もない。俺は平然と見返した。陰キャラな俺でも降りかかってくる火の粉は払いのける。自分の安全のために。
「…まぁいい。犯人より先に優先すべきことをする。東野。報告書の内容はどれほど覚えている?」
「ほとんど覚えています。大丈夫です」
俺から見れば準備が良すぎて逆に怪しい。しかし、こちらも証拠がない。「~ぽい」だけでは決められない世の中なのだ。……生きにくい。
会長は東野を自由にさせると再び、俺の方を見てきた。その視線は如何にも話があると言いたげだった。俺の身この空間でボーっとしていたのでそちらの方で怒られるのかと思ったがどうやら違うようだ。
「一旦、休憩とする。松平、ちょっといいか?」
会長が休憩を宣言したからだ。そして呼び出しコース。俺は全く何もしていないのにこうして呼ばれるのは1度目ではないのだ。全く持って理不尽だ。
俺は呼ばれたままに大人しく会長についていく。と、その時、東野達2年生グループが嫌な笑いをしているのが耳に入ってきた。
ついていき、通された場所は“相談室”だった。相談室は校長室、職員室の次に警備が堅い教室である。完全な防音使用になっているのは我が校だけのようだが、今回のような相談にはもってこいの場所だ。
中身は教室あまり差異は無い。ただ、机が40脚もあるはずがなく、来客用ソファとひざ丈ほどのテーブルしかない。
「まぁ座ってくれ」
会長に言われて先に腰を下ろす。会長も俺が座ったのと同時に腰を下ろした。
「……さっきの件か」
俺は独り言のような、それでも他人にはばっちり聞こえる程の声を出した。
正直に言えば、俺は未だに会長との距離感をつかみ損ねていた。初対面では敵としていたはずなのにあっという間に近しい関係になった。拒否する気は毛頭ない。だが、自身が持つカリスマ性に呑まれるのではないかと不安であった。
「そうだ。確認をするために一応聞くが……」
「……ない。ありえない」
俺は普通に返した。少し敬語を使っていた時もあったが此方の方が俺の間合いにしやすい。
「だろうな。……聞きたいのはここからの事だ」
「……どうしてあんな嘘をついたのか」
「そうだ。思い当たる節は無いか?」
会長が前傾姿勢になり、エヴァンゲ〇オンのある人物の様になっていた。俺は腕を組み、長考に入る。だがほとんど面識のない人間の事を俺がおぼえているはずもなく、
「……ないな。さっぱりだ」
諦めた。
「報告書紛失の割に、迅速過ぎる対応だった」
「……体育祭は機能するのか?」
「そこに問題は無い。いざとなれば生徒会役員総出で行う。そうすれば簡単に片付く」
「……そうか。……あらゆる場合を考えているのか」
「とはいえ、学校的にも平等の概念からも、すべてを会長とその会長が選出した役員だけで行事を運営するのはよろしくない」
「……表向きは俺達が」
「裏では万一のために」
明言はしなかったがその先は分かる。そして今の話を聞いて確信した。
“この会長に呑まれて俺という人間が死ぬ”と。
そしてその会長が俺を頼っている。逆に利用できるならしてやりたいな。
「……表向きの俺達はこれからどうすればいい」
「別に変わらん。時期が来るまでは」
俺の頭にちりっと思考ロジックに異物が入ったような感じがした。
「……1年生は罪を被る羽目になるぞ?」
「ありえん。既に手は打ってある」
会長は立ち上がり、窓へと近づいた。外では運動部の面々が必死に汗をはがしているだろう。その間に校内では知略のデッドヒートというわけだ。
「あいつは良い奴だった」
会長は遠い眼で独り言をつぶやいた。
木々は静かな風でささやかに揺れる。
「……あいつ」
「そうだ。“あいつ”だ。再起部前部長だ」
「……なっ?!」
「いや、もっと言えば従兄弟だな」
「……い、従兄弟?」
会長の言う“あいつ”は俺にとってあまり印象のいい人物ではなかった“あの人”のことだった。そして驚いたことに沖田兄弟の従兄弟のようだ。
「……どうしてその良い奴はこの場にいない?」
俺は恐れを通り越して訊いた。だが、会長は首を横に振った。その顔はいつものような冷静沈着な顔ではなく、感情がそのままあふれ出した顔だった。
「それはもうこの世に居ないからだ」
俺は無言だった。何かを返したかった。だが、何も返すことが出来なかった。ただただ、時間だけが簡単に過ぎていく。
「従兄弟である、“端山壮一”は」
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