第46話 カップルの定義

 俺はそのあと、我慢しきれずに美玖の後を追いかえた。美玖はそんな俺に気付くと時折こちらに手を振りながら海へ向かって走っていった。

 真鐘と莉櫻はまだセッティング中のようで手が離せないっぽい。……あの人だかりのところがそうだろう。

 夏の暑い時期に、この冷たい海水はだるい気分を洗い流してくれる。……っていつの間にか浅瀬にまで来てるし。


「潤平君!」


「……ん?」


 と、振り向いた瞬間に水が俺に襲いかかってきた。美玖が掛けて来たのか?


「あははっ!引っかかった!」


 名前を呼んだら誰でも振り向くでしょ。それが彼女なら尚更向くだろ?!不可避な事態であった。……となればここは大人しく……やり返さなければなるまい。

 まだにーっと笑っている美玖に黙って背を向けてみる。そして油断したところで足元の海水を救ってお見舞いしてやるのだ。


「あれ?もしかして怒っちゃった?」


 ざぶざぶと美玖が近づいてくる音がする。


「……いや、あそこに人だかりがな」


「どこどこ?」


 完璧に注意があちらにそれたな。いざ、尋常に勝負!


「……美玖」


「何?ひゃっ!」


 ほら見ろ、やはり名前というのはどうしても反応してしまうものなのだ。

 美玖は頭から水を被った。


「……引っかかった」


「もう!やり返し?」


「……まぁな」


「はい。スキあり」


 ばしゃーん!また俺の全身に水が纏わりついてくる。今、俺が油断していたのか?俺的に無なかったはずなのだが、美玖には見えているらしい。

 もうここからは関係なくお互いに水を掛け合った。

 ただ水を掛け合っているだけなのだがその時の水飛沫と太陽光の水面反射によって美玖の肌がいつもよりもきらりと光り、いい画になっていた。

 俺は瞼シャッターで脳内記憶をする。一生の記憶となって保存された美玖の画、仮題「美玖と水」は脳内で額縁に入れられたことだろう。

 暫く掛け合っていると、もう少し近くから攻撃しようと思ったのか美玖が近づいてきた。


「あっ!」


 と、思ったら何かに引っかかってしまったようでこけそうになった。


「美玖!」


 俺はそう叫ぶことと、手を伸ばすことしかできなかった。

 しかし、その行為が今回は効果を発揮したらしく美玖は俺の出した手を掴み全体重を預けてきた。重いとは思わなかった。


「危なかったー」


 それより、大事なことが起こっていた。……当たっているのだ。アレが水着という事で必要最低限の衣服しか着ていない。そのため俺は今まで直視を避けていたのだが、まさか腕がじかに感じることになろうとは夢にも思わなかった。


「……」


「ありがと。あれ?大丈夫?ねぇ潤平君?」


 さて、どう答えるべきか。幸か不幸か美玖はまだ気づいてはいないようだ。俺としてはこのまま気付かれること無く、そしていかにも自然にこの状況から脱出したい。

 サービスシーンだなんてとんでもなかった。確かに嬉しいし、興奮もする。だが反動がひどい。興奮のおかげでしっかりと生理現象は怒ってしまっているし、当たっているのだ。む、胸が。美玖はない訳ではない。むしろある方なのだ。ちゃんとした存在感が俺の左腕を襲ってくる。あと、もうひとつ言えば左手がどうしていいかわからず、ひたすらじゃんけんの「グー」「パー」を繰り返していた。


「……ん?あぁ大丈夫だ。それよりケガはないか?」


「うん。大丈夫。ありがと」


 お礼の言葉は小さくなって声が高くなった。その声色に少しドキッとしてしまったのは秘密だ。


「……上がるか」


「うん」


 俺達はコケ無いようにゆっくりと2人で支えながら歩いていく。……気付いているのか?その割にはまだ離れる気がなさそうだし。……潤平君ピンチなんですけどーっ!?


「ひゃっ」


 美玖が再び足を取られてこけそうになる。しかし、今度は俺という支えが居るため、俺に体重を預けてこけるのを回避した。

 こう書いてしまえば「ふぅん…」で終わる。ちょっと待て。俺側の意見を聞いてくれ。

 美玖が体重をかけてくる。左腕は2つのものにギュッとはさまれ、全力で押し付けられている。そして美玖の両手が俺の腕にぴったりとくっついているため、遠慮がない。本当にぐいぐい来ている。まさかわざと……?ではないと思う。だが、ワザとではないならそれでダメな気もする。


「……だ、大丈夫か?」


 俺が大丈夫か?声上ずってるんだけど。


「うん。大丈夫」


 囁き声で答えてくれる美玖。その声は反則である。俺は必死に悟られないように平静を装いながら陸を目指した。

 バレーをして遊ぶ人、日光浴をしている人、カップルで砂浜を歩いている人……と様々見かけるが、水着でイチャイチャするカップルは俺の身たところ居ない。中にはがっちりと俺達に目標を定める人もいて恥ずかしいやら、腹立たしいやらで家に帰れと心底思った。


「……生還したぞ」


「漂流された人みたいな言い方だね」


 水を掛け合うことが出来るような浅瀬だったのにまさか、陸へ上がるのがこんなにも大変だとは思わなかった。というよりも、


「……ある意味、間違ってない」


 むぎゅ。


「どういう事かな~?ふふっ」


 顔は真っ赤に染まっているのに言いぐさだけは平常であった。……わざとかーい。

 大胆な子ではなかったはずなのだが?いや、恥ずかしがっているから大胆ではないのか。……ん?

 俺がパニックになっていると最後にとでも言いたげにむぎゅーっと胸を押し付けて美玖は離れた。


「麗律のところに行こ?」


「……あぁ。そうだな」


 俺の理性は全壊に近くまで壊されてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る