第49話 何者かが、契約更新に異議を唱えた

 軋む椅子に座って、オーインクたちの視線を一身に浴びる。オーインクの巨躯はそれだけで威圧感が凄まじく、ましてここに居並ぶ者たちはこの町の支配者たちと言ってよい。漂わせるオーラは、獣臭さと同じくらいに、強い。

 そんな彼らの視線をモルーギは涼しげに受け流す。

 たっぷりと時間を取ってモルーギを睨みつけるオーインクの歴々の中に、一際殺気を放っている者がいた。左の方から感じるその殺気は、モルーギの肌を刺してくるかのよう。目の端で捉えるそれはロ=ロルで、ここが契約更新の場でなかったならば、難癖つけてこの老翁を痛めつけてやろうという意気で満ちている。

「……では」

 犇めくオーインクたちの中央、正面に鎮座する年老いたオーインクが重々しく口を開けた。

 そうして時間をかけて主導権を握る術は、彼らの交渉術の一つであることをモルーギは知っている。詰問する相手一人に対して数の暴力を用いるのも、数的優位に立つことで交渉を優位に行うものであるということも知っている。

 知っていて、なおそれでよいとモルーギは思っている。

「契約更新を始める」

 その体格に合わない小さな文机に立てられた羽ペンを手に取って、老齢のオーインクが書類とモルーギとを交互に見始める。他のオーインクたちが何かをすることもない。ただ、左右から威圧感をもって睨みつけているだけである。

「契約素体、ヌの101、契約者、モルーギ・オルトロス」

「はい」

 机上の書類に書かれた文字を読み上げる老齢のオーインク。時々、目を細めてはそこに書かれた文字を噛みしめるように読んでいる。

 オーインクには、書類作成等の細かい作業に対する耐性がない。ゆえに、文机に置かれた書類もまた、オーインクによって作られたものではなく、彼らの雇うシーピープによって作られたものである。

 羊の亜人であるシーピープは、特にそういう細々とした作業を厭わない。細かい契約書や、その書類の整理整頓はほとんどがシーピープの手によるものだ。オーインクは彼らと不倶戴天の仲であるが、その最も嫌いな相手を頼らねば、こうして町を管理支配することもままならない。

 そして、そのことに気づいているのは、シーピープの側である。

「ヌの101の貸借契約を更新する、と」

「はい」

 だから、この契約手続きにしても、オーインクにとってはただの手続きでしかない。彼ら自体はほとんど口約束の世界に生きている。書類に残しても、それを十分に読み解くことができないからだ。読み解くにはシーピープの助けがいるのだが、こう言う場に羊の亜人などという劣等種を同席させることは、オーインクのプライドが許さない。

「では、その目隠しを外してもらおうか」

 契約更新に関しても、貸し出されている人間が生きていて、地下遺跡を起動できるだけの権利を有していることが示されればよい。モルーギは言われた通りにするために、徐に椅子から立ち上がり、リードに繋がれた少女の、きつく締められた目隠しを取ろうとした。

「待て」

 何者かの問いかけが差し挟まる。

 先ほど、殺意の視線をモルーギに向けて放っていた者の声だった。

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