第39話 ニコはメリヤスの鼻先に杖をつきつけた
メリヤスの、白いもじゃ髪でわずかに隠れた瞳が炯々としてニコを睨みつける。真っ白な、整列した四角い歯が笑みを浮かべているのが、隻脚の少年を余計に不安にさせた。
敵意は感じなかった。
ただ、人を殺しかねない興味の熱がそこに宿っていた。
幼い子どもが小さな虫を手づかみ捕まえるような、純粋で強い興味。
「おっと、怖がらせてしまいましたか?失礼、ワタクシは純粋にモルーギ翁の友人でありますれば、彼に害や仇をなすものではアリマセン。然るにモルーギ翁に推挙されたキミに害や仇をなすこともアリマセン」
うさんくさいしゃべり方だと思った。
ニコは座ったままで警戒を強める。片手を地面について、その場を駆けだす準備はできていた。
この部屋がどこなのかは分からないが、いつまでももじゃ髪の青年のうさんくさい話を聞いている訳にもいかない。
「キミがここに来た理由、それはコレでしょう?」
メリヤスは、出し抜けにそう言って片手に持ったそれをひらひらさせる。
「あっ」
こんなに簡単に見つかるものか。
あっけにとられたニコだったが、目の前にぶらさがった目的物の後ろには、先ほどと同じ整列した四角い歯がある。
「ワタクシ、既にロ=ロル様の部屋からコレを見つけて持ち出しております。モルーギ翁が見つけ出して欲しいと言うものでね、ワタクシも色々と苦労をいたしましたが、いや案外簡単に見つかるものですな」
「あ、あの、あなたは……何の亜人なんですか?」
「ワタクシ?ああ、ええ、ワタクシはシーピープ、羊の亜人でございます」
シーピープ。
彼らは確か、オーインクたちとは不倶戴天の仲だったはずだ。もしここがオーインクの屋敷だったとして、メリヤスがこんなに簡単に忍び込めるはずがない。それどころか、彼らシーピープが天敵に対して様付けをするはずがない。
「いらないのですか?」
警戒と逡巡の間にいるニコを見て、ふとメリヤスが真顔になった。
「いる!いるよ!」
片足と片手で飛び跳ねるようにメリヤスに近づいて、ニコはその手の杖をひったくる。倒れ込むような勢いで向かって言ったので、黒い燕尾服の青年は思わず身を翻してニコを避けた。
その手にようやく杖が戻ってきた。
先端がわずかに膨らみ、そこには赤く光る宝石のようなものが埋め込まれている。しかし、ニコはその杖を握ってすぐに、それが偽物であることに気づいた。
「……これ、偽物だ」
「えっ?」
メリヤスが驚く。
揃った大きな歯が歪むように、口元がわずかにひくつく。
「ねえ、これは本当にロ=ロルの部屋から見つけたの?」
「そんな、ニセモノな訳ありませんよ。それは本当にロ=ロル様の部屋から見つけたもので……」
「それ」
言葉を遮って、ニコが杖でメリヤスの鼻先を指した。
「何でシーピープのあなたがロ=ロルのことを様付けで呼ぶの?」
「……」
わずかの沈黙。
白い歯の並ぶ口が閉じる。目の周りに貼りついた人好きの仮面がゆっくりと剥がれ落ちていく。
もじゃ髪に手を突っこんで、メリヤスはわしわしとその手を動かした。
「なあんだ、人間の癖にずいぶんと頭が回る」
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