第38話 人好きのする青年は、深々と礼をした
そう言えば、とニコは思い返す。
リュックから出てよい符牒や合図を聞くのを忘れてしまった。
いつ出ればよいのか、自分から出てよいのか、そういった一切のことをまでモルーギに任せてしまうのでなかった。自分で能動的に動くことができなければ、いざという時に困る。
そして、実際に今、困った状況になっていたのだ。
老翁のごつごつした背中からひょいと下ろされたことは分かった。それから何者かに手渡されて、ソリに乗せられて引きずられているのも、尻に響く振動で感じることができた。
つまり、ニコは狼の亜人であるモルーギの手によってではなく、老翁がニコを受け渡した何者かによって移動させられたのだ。それもしばらくすると尻に感じる擦過の振動もなくなり、どこかに取り残されたように、人気も動く気配もなくなった。
そこがどこなのか、真っ暗闇の視界からは予測もできない。
絞られた巾着の口を無理に剥がし開けて新鮮な外の空気を吸えば、そこにはオーインクたちがいる。そんなことが無いとも限らない。
自分はどうするべきか。
答えの見つからない選択肢をあれやこれやといじくっているうちに、ふと頭上に絞られた巾着が緩んで、そこから明かりが漏れ入ってきた。
するするとリュックの布が剥がれていく。
周りの様子が判然とする。
目を細めずとも辺りをうかがえる程度の、薄明かりの木造の部屋の中。人間が使うそれよりも一回りは大きいと思われる調度品。巨人の国の室内に迷い込んだかのような錯覚。オーインクたちの部屋だろう、その屋敷に案内されたことが分かる。
「具合はどうですか」
真横から声が聞こえて、ニコは身体を浮かすほどに驚いた。リュックを脱ぎ捨て、後ずさるようにふり向いて、身構える。
黒い燕尾服を着こなした、白髪のもじゃ髪の青年がしゃがみ込んでいた。
「安心してください、モルーギさんから話は聞いています」
青年は、ニコよりもわずかに背の高い、人好きのする青年だった。白髪のアフロヘアはもこもことしており、彼がうごくたびにふわりと揺れる。真っ白い歯は一つ一つが固く大きい。四角く生えそろった歯を見せる好青年は、立ち上がると片手を腹にあててお辞儀をした。
「ワタクシ、モルーギ翁の友人の一人、メリヤスと申します」
メリヤスと名乗る青年は、身構えるニコの手を引き、よいしょと力を込めて持ち上げた。燕尾服に隠れた彼の体躯は痩身で頼りない。小さな体のニコを引き上げるのにも難儀するほどのようだった。
「君がニコくんですね、話は伺っております」
「……話?」
メリヤスは人間なのだろうか。
「ええ。無謀にもロ=ロル様の屋敷から盗みを働こうとする不埒な人間がいる、という話を」
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