まあるい世界のつくり方

第22話 ムヌーグが持ってきた皿は熱かった

　昨晩食べた簡素な食事とは違う、鮮彩な色合いの食事がワンプレートに収まっている。赤く熟れた実、緑の濃い葉物、炒められた緑黄色の根菜たち。ふっくらと焼き上がったパンの隣には、チーズの乗ったハンバーグ。

「これ、ムヌーグが作ったの？」

　テーブルに置かれたワンプレートディッシュを前にして、思わずニコが問うた。

「当たり前だ。さあ、食べようか」

　小刀を片付けたムヌーグは、ニコと向かい合うように座ると胸の前で手を合わせた。

「いただきます」

「いただきます」

　ムヌーグは、相変わらずその食器を持ち上げるようなことはしなかった。

　背中を丸めて顔をテーブルに近づける。フォークを動かす距離をできるだけ短く、そして口の中に素早く放り込むような食べ方は、やはりどうにもニコの目には奇異なものに映ってしまう。

　とはいえ、いつまでもその様子を見つめていればムヌーグが訝しみ、そして茶化すことは想像に難くない。努めて気にしないようにし、ニコは皿を持ち上げようとした。

「熱ッ！？」

　しかしそれは皿の熱さに阻まれる。

「何これ、すっごい熱いんだけど！？」

「どうした、ニコ。ああ、お前は皿を持ち上げて食べるんだったな。ワンプレートディッシュでも持ち上げるのが普通か？」

「いや、そうじゃなくって」

「何が違うんだ？持ち上げて食べるのならそうすればいい」

　その言葉が意地悪でないと分かるのは、ムヌーグがきょとんとした目でニコを見ているからだ。

「これは熱すぎて持ち上げられないよ」

　ニコが訴える。持ってくるときには気づかなかったが、ムヌーグはその皿を持ってくるとき、確かに皿と肌の間に厚い布を一枚挟んでいた。

「何を言ってるんだ？皿は熱いものだろ」

「え？」

　よく見れば、皿の上の食べ物は全て熱が通っていた。赤く熟れた実も、緑の冴えた葉物野菜も全て温められている。果実はところどころ亀裂が入っており、そこから中の果肉がふるふると溢れてくる。

「調理をすれば皿は熱くなる。当たり前のことだ」

「当たり前……そうなの？」

「そうだ」

　どこか違和感を覚えずにはいられなかったが、しかしそれがこの町の常識らしい。強弁を張っているようにも見えないので、ニコはそれに従うことにした。酸味の強い果実を口に入れ、チーズの乗ったハンバーグをフォークで一口大に切って頬張る。

　味は確かに美味い。

「……ねえ」

「なんだ」

　相変わらず、ムヌーグは食べ終わるのが早かった。

　ワンプレートディッシュをあっという間に食べ終えると、テーブルの隣、窓枠に肘をついてのんびりし始めていた。

「杖、探しに行きたい」

「ああ、その話か」

　まずは目の前の飯を平らげろ、と諭されて、ニコは急ぐように熱々のプレートディッシュを平らげる。別室に行って戻ってきたムヌーグは、薬茶の入った大き目のグラスを携えていた。

「モルーギ翁特製の薬茶だ。消化を促進させる効果がある」

「ムヌーグのと色が違うけど？」

「気にするな」

　ニコの目の前に置かれた薬茶は、黒に近い茶色、ムヌーグのそれは青々とした緑の冴えた薬茶だった。一口啜れば、さっきまでの美味しかった昼食の余韻を全て洗い流すような苦味が口の中いっぱいに広がる。

「苦いんだけど！？」

「それだけ良い薬ってことだ。身体疲労にも効くから、素直に飲んでおきな。杖を探すんだろう？」