第9話 金時計、銀時計


二ツ龍物語 9話  金時計、銀時計



 皇都の目抜き通り。以前はごみごみと木造家屋が軒を連ねてひしめき合い、

雑多な商店だの、事務所だの、冒険者の宿だの

箱をひっくり返したようだったそこは、

戦禍を機に広々とした幅員の直線的な石畳の道へと劇的な変貌を遂げていた。

と、言っても本来ビルディングの立ち並ぶ予定ながら櫛の歯が欠けたように

空きが目立つ。建設途上という風も無く、閑散と言ってよい有様だ。

その一角にぽつんと、新しい様式で立てられた建造物がある。

それがストロングウィルであった。


 薄茶色のワンピースを着てマントを羽織った金髪の女がその扉を潜る。

何人かの顔見知りと挨拶し、受付に要件を告げ、案内を受けて部屋へ。

そこには見事な銀髪をした麗しい娘が椅子に掛けて待っていた。

久しぶりだな、と前置き。女がそれに応じる。


「お前が来ている、という事は何か面白い事があったのかもしらんね。

冒険者宿とも連隊ともつかぬ代物扱ってるとそれも興味深く思える。

……何、通常業務の範囲?ああ、成程。常々言ってるアレの為か」


 銀髪の娘はルビー色の瞳を笑みの形に細くして、

それから甘い菓子を摘んで食べる。


「ま、この暮らしの為だもの。お互い色々やる事はある。

戦争が終わっても生活や世界は終わらない……所帯じみた発想だな、お互いに。

っておい、まさか世間話をしに来たんじゃないだろうね」


 誤魔化すように女が自分にも寄越せというので鉢ごと押し付けつつも問答は続く。


「他の連中か?エデンスさんは相変わらずさ。

あの御仁は死ぬまで──何時かは解らんが

あのままだろう。最近、肉体を半分魔法で構築できるようになったと言ってたから

私やお前の階梯までじき届くだろうね。益々長生きするだろうさ。

ヴァンデマールの大馬鹿は来るなと幾ら言ってもやって来るし……

一応言っておくがお前も興味を持たれてるからな、あの燃えカスに。

ああ、リコにも会って行けよ。何、顔を合わすのが気まずい?

馬鹿を言うな。妹分みたいなものだろう。仲間は良いものだぞ」


 いや今更仲間づくりという年でもないか、と銀の娘が忍び笑い。


「言いっぱなしじゃ卑怯だから面倒事を教えろって?そこいら中、面倒しかないな。

大体、立場と経緯上とは言え、私みたいな一私人に

皇国の軍政の一翼を担わせてる現状がまともな訳がないだろう。

その内に全土がろくに統治できなくなって、そうなれば群雄割拠軍閥割拠。

どうあれ武器を取っての自立を図る輩は絶対に出てくる。

西国東国は皇国より酷いし、隙と見ればこっちの切り取りにかかるだろう。

人類圏で大乱と相成らなくて済むように私や君みたいなのが居る訳だが、

それにだって限度はある。今は長い腕より平和と安定が欲しいよ、切実に」


 陶器のカップに暖かい飲み物を注いで口を着ける。


「二度と戻りたいとは思わんが、何だかんだでよくできた仕組みだったんだろうな。

だが、打ち壊しになった以上は残った者で何とかする他あるまい。

で、本当は何の用だ?北にまします貴女様ともあろう方が態々足労したんだ」


 ふむ、と話を聞いてカップを降ろす。


「構わないが、迂遠な方法だ。どうも庭仕事がお好きらしい。

ああ解ってる、解っているとも。すぐに作ったものはすぐに壊れる。

じきに正式な通達も来るだろう……おい、まさか皇帝陛下からか?

そうか、道理で一介の小貴族の問題にしては手回しが早い訳だ。

最近、皇都で出どころ不明のインゴットを

オークの流れ者が大量に商ってるらしいが、その件も絡んでるのか、ひょっとして」


 返る首肯に娘は眉を抑えた。


「有難う、繋がったよ。しかし、例によって直接に手出しはするな、だろう。

大丈夫大丈夫、他でもないお前の頼み事だ。時間位は取る。但し後で埋め合わせな。

聞けばお前の所じゃまだ菓子職人の命脈や戦前の物品があるんだろう。

秘蔵の火酒と一緒に進呈してもらおうじゃないか。ふふ、長年の友誼に免じてな」


 感謝しろよ、と言った所で来客です、と声が掛かる。

聞けばそいつはユーリ=ペルーンと言うらしかった。

女が眉を持ち上げる。銀の娘はふむ、と息をついた。


「どうやら君がご執心の相手が来た。ここまでらしい」


かちん、と金無垢の時計を閉める音を残して女が部屋を出る。

一方の娘も銀の懐中時計を開いて時刻を検め、立ち上がった。



/



 物珍し気に周囲を見回しているのはウー=ヘトマンばかりではない。

領地から殆ど出る事もないユーリ=ペルーンにとっても都の風情は

別世界であった。とは言え、お上りさん丸出しの態度というのも

貴族の子弟として体面に関わる。

何より、これから重要な会談が控えているのだ──礼服を正し、

少年は多少緊張した面持ちでストロングウィルのとば口を迎えていた。


 同行者は二人。龍とエイブリー=ホワイトホースだ。

扉をくぐるなり出迎えたのはすっきりとしたエントランスホールだった。

飾り気こそ無いものの、全体的に曲面を多用した明るく実用的な造りであり、

カウンターに控えている受付の恰好すら少年にとっては初めて見るものだ。

揃いの服と言うものもあるのか、等とてんでバラバラ放題の兵らの服と比べて、

感心半分疑問半分に彼は思う。

少年を余所に、何処から用意したのか都風の装束を着込んだエイブリーが、

「はい。既にお伝えしている要件で。ペルーンの。

報告と、それから雇い入れの件です」

と、用向きを簡潔に伝える。


「少々お待ちください」の一言を残し、引っ込んだ受け付けは戻ってくると、

一行に椅子に掛けるよう勧める。少しばかり時間が必要らしい。


「エイブリー、ストロングウィルというのは結構な所らしいな。

ペルーンの館が馬小屋みたいに感じるよ。手入れも行き届いている」

「そりゃそうよ。マスターの……ここの一番上の話だけど。

その人の方針なんだってさ」

「冒険者だろう?

……失礼だが、てっきり君らみたいなのがごちゃごちゃしてるかと」


 ユーリの疑問にエイブリーはどこから答えたものかと思考を巡らせる。


「冒険者連中の兄弟団についてはホワイトホースと似たり寄ったりだけど、

ここは元々傭兵団で、今じゃ都中の冒険者やその団体の世話をやってるの。

冒険者ギルド、なんて呼ぶ連中もいるけど私たちに取っちゃ皆のまとめ役。

身元も一応保証されるし、お陰で随分トラブルも減った。役所のようなものね」

「解らんな。そこまでやる必要があるのか。

金があるならその都度雇えばいいだろう」

「そのお陰で、食い詰めた連中が皇都を荒らしまわった事があったのよ。

戦が終わっても兵隊や冒険者が煙の様に消える訳じゃないわ」


 答えつつ、エイブリーもどこか緊張した面持ちであった。

例外と言えば、件の人物と知人であると自称していたウー=ヘトマンぐらい。

椅子に深く腰掛ける。どうも世界は思った以上に広いらしいとユーリは息を吹いた。

そうしていると準備が出来たと声が掛かる。


通された部屋はユーリに館の書庫を思い起こさせた。

壁一面にびっしりと本棚が設えられ、明り採りから日が差し込んでいる。

その中心、大きな机の椅子に一人、赤い目をした銀髪の娘が座っていた。

年の頃は十代後半と言った所だが、まさか見た目通りの年齢でもあるまい。

此方に向けた顔にはにこやかな笑みを浮かべているが、

雰囲気からして人とも思えない。


「……失礼します。初めまして。私はユーリ=ペルーン。

御忙しい中お時間を頂き感謝します」

「初めまして、ユーリ=ペルーン殿。私はシャルヴィルト。

シャルヴィルト=ロングアーム、若しくはストロングウィルと呼ばれている。

そう緊張しなくても大丈夫。さて、エイブリー君。ペルーンでの仕事はどうだい?」


 ストロングウィル、と名乗るのを聞いてユーリは興味をそそられる。

成程、これが話に聞いていた。

一方、水を向けられたエイブリーの面持ちが一瞬痙攣した。

笑みを崩さずに待つシャルヴィルトに、ややあってからエイブリーが口を開いた。


「既にご存じかと思いますが──」


 何言うでもなくシャルヴィルトが頷く。率直な意見を話せ、という事らしい。

恐らくは大まかな現状については書状か何かを受け取っているのだろう。


「私の実感に過ぎませんが、状況は悪いですね。

一刻も早く援兵を募っていただきたい。何しろドラゴンが出たもので」


 ドラゴン、という言葉に力を込めてエイブリーは言う。


「貴龍だな」


 と、答えてからシャルヴィルトは座っているウーに一瞬だけ向ける。


「お前達の仕事は傭兵としての協力で、ドラゴン退治ではないものな。

殆ど追い散らされたと聞いたが、無理もあるまい。

さてユーリ殿、兵を率いられておられるとか」

「兄の配下として預かっております。貴女の疑問にお答えも出来ましょう」

「言ってみて欲しい。陛下からの援助も出るとなれば堅い商売だ。

最も人材の選抜については応相談になろうが」

「そう言っていただけるのは有難いのですが、少し話が出来過ぎているようにも」


 と、言ってからユーリは幾つか懸念を述べた。

先ずは金の話。続いて本当に何とか出来る冒険者など居るのかと言う不信。

それから、たかが辺境での一事件に何故中央が首を突っ込むのかという疑問。

少年のみならず、貴族にとってみれば領地の問題は

まず自らで解決すべきものであり、

不本意な現状がユーリ=ペルーンを饒舌にしていた。


「君に肩入れする理由は簡単、そちらの方が安上がりなのさ。

ドラゴンの荒し場には人が住まなくなる。そうなれば魔物も蔓延り、

賊徒も潜み、道も橋も何もかも崩れて瓦礫の山だ。

そうなった土地を元に戻すのは容易な事ではない」

「……お詳しい。しかし、貴女方のような人の上なる方々には容易いのでは?」

「それは君らが良くやる勘違いという奴。万能の存在など何処にも居やしない。

例え一軍を砕く程の巨龍であろうと、

何かを成し遂げるには人の手が必要であるものさ。

人は一人、龍は一頭。然して日常を作る連中の数は大勢でないといけない

考えてもみてくれ」


そう言うと、シャルヴィルトは自らの細腕を示して見せる。


「畑仕事に鍛冶仕事。細工に叙述に物資の運搬。

世に仕事は様々あるが、残念、私の腕は二つだけ。その全部をする訳にいかないさ」


 成程、変わった龍だ、とユーリは納得を呑み下す。

閑話休題。話の筋道を引き戻すべく、シャルヴィルトが咳払いをする。


「ともあれ、ドラゴン退治の為にはそれなりの準備が必要です。

弩に矢玉、ねぐらを探す斥候に狩人だって」

「相手がドラゴンだけとも限らん。ひょっとすれば、オークやゴブリン共、

龍の崇拝者なんぞ従えているかもしらん。喋るドラゴンだったのだろう?」

「……ええ、確かに」


 火焔色をした爬虫類の目を思い出しながらユーリは答える。

シャルヴィルトは所在無げに椅子に座るウーを見、それから

自分自身の胸に手を当てて少年に向けて言った。


「私やその子を見ての通り、喋る龍とは単なる獣ではない。

知恵もあれば意思もある。

自らの思いや目的を果たすために手下を従える事だって無論あろう。

勘所はそこだな。君は勿論、私もだが、敵について余りにも無知だ」


 戦にせよ、統治にせよ詳細な情報を求めるのは当然と言えば当然である。

要は戦と同じように考えれば良いのだ。ユーリは頷いてから続けた。


「と、なれば先ずは斥候と。しかし、私としては賊徒の相手もある。

騎馬などと贅沢は申しませんが、

弓か弩──多少なりとも痛痒を与える飛び道具が欲しい。

歩兵の質も、残念ながら弱兵しか」


 藪をつついてドラゴンを出しては堪らない。

くろがねの矢を拵え、大きな弩の一つでもなくては相手も出来まい。

鋼を延べた矢に、身の丈程もある大弓を操る剛勇の士だって居はしないのだ。

銀色の娘はふぅむ、と呟いて顎に指先を当てた。


「大事だな。取り合えず、強弓の射手と斥候に関しては派遣できる用意があるが、

残念ながら歩兵の増強は改めてかき集めねば。冒険者宿の連中を招集しよう」

「どれ位の数になりましょうか」

「斥候隊は五、弓は二十。歩兵は、そうさね、君の手持ち程は集まらないだろうね」

「そうですか……いえ、こちらも余り多くは抱えられませんから」

「先ずは先遣さ。大軍はかき集めるにも時間と金がかかりすぎる」

「もし、ドラゴンめが軍勢を率いてきたら?」

「その時は皇軍も動く。小競り合いで済まぬとなれば、流石にな」


 解りました、とユーリは一礼すると、ヴォロフから預かった書状を渡す。

紐解いて舐めるように検めると、シャルヴィルトはくるくる巻き直した。


「金の払いは大丈夫そうだが、こちらの見積もりも作らせよう。

仕事の手付は陛下からの金で換えるから、派遣はすぐだ」

「有難うございます。いや、素晴らしいですな。便利なものだ」

「仕事さ、仕事。さて、ここまで。後は追って連絡を……ああ、そうそう。

ウー=ヘトマン。君は少し残って欲しい。久しぶりだからね。

色々と話がしたいんだ」


 言うと、銀の娘は脇に控えて話を聞いていた龍に顔を向けた。



/


 

 そして二頭の龍──今は娘の姿を取っているが──が、その部屋に残された。

片や、銀髪の娘。そしてもう一方はウー=ヘトマンであった。


「お久しぶりです、銀の奥方。相変わらず麗しく」

「こちらこそ久しぶりだ。ペルーンの盟友殿。行方不明と聞いていたが……」


 と、シャルヴィルトの赤い目がウーの腰を捉える。

未だ完治とは言い難く、片足を引き摺ってどうにか歩いている有様だ。


「どうやら手傷を負っていたらしい」

「敵いませんね。つい、先日ペルーンの子に戒めを解かれたばかりです。

名も知れぬ剣に縫い留められ、無様を晒しておりました」


 シャルヴィルトは椅子を勧め、机を挟んで差し向かいに座る。

きょときょとと周囲を物珍し気に見る龍に銀の娘は苦笑を浮かべた。


「珍しいか」

「何せ、30年以上も閉じ込められておりましたから」

「龍にとっては長い時間でもない筈なんだが……

まぁ、私にとっては長い、随分に長い。

色んな事が変わってしまったよ。人も、街もね」

「人に染まってしまわれたらしい。別に気にすることもないでしょう」

「その通りさ。それと、もっと砕けて話してくれていいよ。

お互い戦友だろう。堅苦しいのは抜き。畏まられると私もやり辛い」


 鼻息を吹いて、ウーが脱力した。


「安心安心。本当の所、ずっと口が回らなくて困ってた」

「そうだろう。龍っていうのは人付き合い、というものが無いからなぁ。

いや、この場合は龍付き合いというべきか。

どいつもこいつも口下手、社交下手、付き合い下手ばかり。ともあれ、良かった」


 勧められた飲み物に口を着けながら、ウーは上目遣いにシャルヴィルトを伺う。


「さて、何を話したものか。時間を取らせたが考えてなかったな。

それに貴龍と顔を合わせるのも久しぶりだ」

「もう、殆ど居らんのですか?」

「その通り。人界への居残り組など私含めて指折り数える位……いや、いや。

よくよく考えれば、大戦がどう終わったかも知らないんだな」

「ええ、取り籠められておりましたので。右も左も解らない。

ペルーンは僻地だし、殆ど話らしい話も無い始末。土産の一つもありません」


 自らは語るべき事もなし、とでも言いたげな龍。


「そう不貞腐れる事もあるまいよ。それとも、ペルーンは嫌いか?」

「好きだし、嫌いでもある。自分の青々とした土地は好きだ。

そこに住む人間を支配するのも好きだ。ペルーンへの盟を果たす義務も良い。

だが、退屈だ。おまけに土地が荒れ果てているというに

捨て置いてるのも気に入らん。

私の頃には皆、龍と聞けば私を思い出したものだが、

すっかり忘れられている始末……」

「軽んじられるのが気に食わんと。しかし、お前から口出しはしたのかね」

「む」

「私もそれで苦労したよ。関わろうとしなければ人の輪には入れないぞ」

「むむ。龍の振る舞いを理解するものだろう、人間は」


 風雨を呼べば騒ぎ、雷を呼べば逃げ惑う、そういう物だ。

ウー=ヘトマンもこれまでそうして来たし、疑問の余地も無い。

そう述べ立てるが、シャルヴィルトは同意しない。


「確かにそれで理解はされような。災厄、或いは面倒事としてだが。

しかし、軽んじられ疎まれるのは好むまい?人間と言うのは面倒が多い生き物でな」


 言葉無くして理解し合う事も出来ず、その癖に

理解できない事を自覚できる程に強くも無い。

相互理解の欠如の果てに血を流して愚行を繰り返す、それもまた一面。


「では如何しろと、奥方様」

「口出しをすればいいのさ。それが人との関わり方故」

「人間共に合わせろと?」

「奴らは自分達が理解出来るようにしか理解できない。

無論、龍が完全に人間に変わる訳にもいかない。別に諂えとは言わんさ。

だが、付き合い方は工夫した方が面白いぞ。

お前は人間が嫌いであるようにも見えん」

「人間なんて大嫌いだ。分かり合えだなんて面倒くさい事この上ない」

「では、ペルーンは嫌いか」

「む、むむ。それは……何でだろう。良く解らんが、自分との約束だから」

「盟約という奴か。しかし、どんな約定にも期限と言うものはあるぞ」

「あの土地がある限り、またペルーンの血脈と私の命脈の尽きぬ限りは続くのです。

理屈ではありません。兎に角私はそうしたい。あの男と約束もしたし」

「ほう、浮いた話か。ま、人の形を取るのだからそういう事もあろう」

「なんの話ですか……」

「さて?ま、何れ解る日も来よう」

「……しかし、何故冒険者の元締めなど?

確か、最後に見た時は傭兵団の書記だったと」

「あの時やれるのが私しか居なかった、それだけの話。

戦争が終わって、あぶれた兵隊共をどうするのかが大問題だったからね」


 曰く、戦争が終わって人の命や財産のみならず、

皇国を支えていた諸々の人的資源がまとめて払底したと言う。

その中で兵隊くずれ冒険者くずれを抑え込めるのが彼女以外誰もおらず、

仕方なしに引き受ける羽目になった、と銀の娘は言う。

本来であれば人間がやる仕事に、今や相当数人間以外が関わっている。

それ以前にも人界に紛れる魔物の類は少なからず居たが、

皇国においては今や混然として一つの社会を成しているらしい。


「それにしても古い古い龍が人を率いて兵隊屋の真似事をさせられる。

こんな事をしなくとも、貴女程の方なら一つの領地、

一つの土地を支配する事だって容易い。

何なら、そこいらの城を分捕って気儘に暮らす事も出来ましょうに」

「そう、その支配と言う奴だ、問題は。確かに聞こえはいいさ。

然し、上手くいかない土地の支配というのは

一から十まで手を加えなくてはだめでな。

その上、人間共と来たら!違う種であっても上手く行きさえすれば依存するのさ。

なまじ能力があったり、知恵が回れば尚更頼りにされてしまう。

で、結局足抜けが出来なくなる。支配するつもりの龍が人に支配されてしまう訳さ」


 だから、こうしているとシャルヴィルトは続ける。

奪い続けるだけでは長続きせず、さりとて支配すれば面倒だ。

と、なれば必然、それなりの位置に収まるのが都合がいいらしかった。


「それに人間共の為にもならん。奴らが私に頼れば頼る程負担は増える。

おまけに彼等は自分達で考えなくなってしまう。それは罪さ。

彼らの世界は彼等自身で支えるべきだよ。それがどんな結末を迎えるとしてもね。

歪な在り方は誰の為にもならぬ──さて、何の話だったか?」

「ただの世間話でしょう?懐かしい顔と会っての」

「そうだったそうだった。で、あのペルーンの子とはいい仲なのか?」

「だから、その質問の意図が解らん」

「盟友との関係は重要だろう。先達として何か教えてやれる事もあるやも」

「子供扱いは心外だ。あれとはただの盟友。解放してくれた恩義はある。

また、あれなりに私を遇しているのも解る。だが、所詮は人と龍」

「ならば尚更大切にしておやり。長い生だ。良い記憶楽しい追憶は多い程良い。

折角都まで来たのだし、少し見て回るのも良かろう。時間があればだが」

「全く……奥方様と話していると全くの娘扱いだ」

「実際、私からすれば娘のようにも感じるよ。何せ、人界の龍はもう少ない。

どいつもこいつも去って戻らぬ中で久方振りに尋ねて来た朋友だからね。

私も少しばかり年を取りすぎた。ついつい老婆心が顔を出す」


 二人の娘はくすくすと笑い合う。


「成程成程。お婆様とでもお呼びした方が?」

「年寄扱いは心外だ。私は古龍の中では若輩者だぞ?

それと、この辺りは陛下の肝いりで作り直している最中だが、

外れた通りには昔からの良い店も多い。

エイブリーが知っているだろうから尋ねてみろ」

「ほう、流石は冒険者の親玉。耳聡いようで」

「長い腕の名は伊達ではない。酒食も甘味もお代次第。

さて、少しは悩みも晴れたかね?」

「口出ししてユーリに関われ、だろう」

「その通り。人は言葉で関わる生き物故な。弱く、短く、しかし鮮烈だ」

「存じておりますとも。ただ、正直に言って接し方が解らない」

「迷ったらまた尋ねに来い。何せ私はお婆様らしいからな。

それぐらいの事はしてやろうじゃないか」


 銀の娘はそう言って、ウー=ヘトマンへと微笑んだ。



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