第8話 旅と仲間



 二ツ龍物語 8 旅と仲間



 兜から鉄靴まで。加え、赤い長衣を鎧の上からかけた完全武装でユーリ=ペルーンは

彼方で蠢く食い詰め賊徒共の姿を認めていた。その数凡そ二十か三十か。

何れにせよ此方の手勢と半数以下には違いなく──面頬を上げ、もたつく新兵共を眺める。

粗末ながらにペルーンの紋章を描いた紡錘形の盾と、切り詰めた刈り込み鎌だの、手斧だの

思い思いの武装を手にした与太者連の横顔には、しかし明らかな初陣の緊張が見て取れた。

面頬を跳ね上げ、馬首を巡らせて戦列へと寄せ、ユーリは音声を上げた。


「いいか、諸君。間違っても頑張りすぎるなよ!追い払えばそれでいいんだからな」

「だ、旦那。そうは言うけど」

「ここに居るのは僕だけじゃないぞ。

これなるを見ろ、諸君らの後ろにはホワイトホースの一党も控えている。

どれだけ恐ろしいか諸君は良く知っているだろう──

さて、それよりもあの連中は怖いのか」


 力ない笑い声がユーリを出迎える。不安げな顔が見て取れるが、手札を切る他ない。

訓練は諸君らを勇敢にした、と騎士は馬上から励ましに力強く断言すると、剣を抜き、

敵手の投げつけた石くれを盾で払って切っ先を彼方へと向ける。

受けて、ホースヘッドを初めとした徒歩の冒険者が督戦に二人戦列の後ろに着いた。

そして隊列を整えつつ、前進、前進という掛け声を上げて兵を前へ前へと押しやっていく。


「さて、どうするね上官殿」


 と、これはエイブリー=ホワイトホースだ。

言いつつも彼女は番えた矢を放って一人を打倒す。

半妖精たる彼女の他にも弩だのが二人、陣取った丘から矢玉の交換を開始し始めた。

散発的に飛び交う石くれと矢の下をびくびく進む戦列は如何にも薄く、しかも鈍重だ。

寄せ集めの素人にでっち上げの錬成だ。逃亡兵が少ない事を祈るのみ。

ゆっくりとした足取りで、撓んだ枝の様に進んでいく。


「先ずは一当てしないと解らない。訓練はお前らに任せてたが、どうだ?」

「そーね。ま、相手がこっちより少ない雑魚なら何とかなるかな。

殺しには慣れてないけど、押し競べで散らす位は期待してもいいんじゃない。

そこからどうなるかは経験と装備次第でしょーね」

「つまり単なる盾の壁か……」

「指揮官の使い方次第よ。そこは期待してるからね、ユーリ君」


 弱兵共の扱いに頭を痛め、ユーリは眉間に皺を寄せる。

本来であれば弓で散らして歩兵で捕まえ、騎兵の打撃で粉砕したい所だが、

これは新兵共の訓練の仕上げでもある。彼らの手を血で塗らねば兵士にはならない。

騎士連中はとっくのとうに帰郷していったし、

弓手どころか冒険者どももホワイトホースのたった五人。

完全武装のユーリと言えど、単騎で太刀打ちできる数で無し──

あてにならぬ味方は面倒なものだ。雑魚一つに悩まねばならぬ。

彼方で戦列が敵の塊と接触するのが見えた。


「大分離れたな……お前らは予備だ。残っててくれ」

「任された。行ってらっしゃいな」


 備えを残し、ユーリは馬を駆る。直ぐに大きくなる兵共の後ろ姿。

盾を構えたまま無闇滅法に得物を叩き付ける者が居る。

かと思えば、斧だのこん棒だのの凶器に襲われ、

身を守るのに精一杯の者もいる。罵声と喚声が飛び交い、

盾を投げ捨てて取っ組み合いをする者までいる始末。

整っていた隊列は忽ちに乱れ、得物を振り回しての喧嘩じみた乱戦へ突入していく塩梅だ。


 全く、何て有様だ。点々転がる人間は敵も味方も入り混じって呻き声を上げている。

しかし、彼方にいた少年は数に勝る新兵共が敵勢を

半ば押し包みつつある様をはっきりと見て取っていた。


「旦那!」

「ライサンダか、どうだ?」

「見ての通りの大混乱!畜生め、収拾がつかん!」

「喜べ、こっちが囲みつつある。者共!!」


 駆ける勢いを殺しつつ馬から飛び降りたユーリが叫ぶ。

続いて面頬を下げ、抜き払った剣を正面に構える。

頃や良し、一つ拍車をかけてやろうと集まる衆目に台詞を選び、前線へ躍り出る。


「総員!吶喊だ!突撃だ!潮はこっちにあるぞ!味方と固まれ、突っ走れ!囲んだ輩を只管叩け!」


 飛んで来た一撃を盾で流すや切っ先を突き込んで捻り抜く。

もう一度、更にもう一度。下馬しようと騎士は騎士。雑兵を物ともせずに切り進む。

騎士の姿に引きずられ、腰の引けていた新兵共の意識が前へ前へと走り出す。

指向性を持ち始めた喚声に乗って戦意が次々伝染していく。斧が、手槍が繰り出され、

盾を叩く騒音に悲鳴と呻き声が混ざりあう。

その只中にあって、ユーリは敵勢が崩れ、包囲の穴目掛け身を反らすのを見た。


「ライサンダ!!ホースヘッド!!」

「あいさ。野郎共!そら、敵さんは崩れたぞ。背ェ向けた奴からブチ殺せ!」


 そう叫んだのはライサンダだ。

長柄を担いで一走り、勢いよく振り上げ振り下ろしグレイブの穂先で頭を砕く。

何より敵の意志を叩かねばならぬ。殺したがりの兵は敵も味方も多くない。

で、あれば背を向けかけた所を徹底的に叩かねばならぬ。

怯えの匂いを嗅ぎ取って、へし割った隙間に兵を流し込むという訳だ。


「深追いは無用!!一度折れれば治りはしない!臆病者共を送り出して差し上げろ!!」


 然しながら、敵勢が壊乱するに至ってユーリは足を止めて大音声を上げた。

暴力と血に狂乱する兵たちの幾たりかが少年へ顔を向ける。

だが、構わない。包囲に穴をあけておいたのも、

それから突撃を命令したのも、全てはこちらの被害を減らす為。

騎馬も無いのに無理に追いかけ窮鼠に噛まれては堪らない。


 すっかり敵兵が逃げ去る所を確認すると、漸くユーリは周囲を眺めた。

そして、倒れていた一人の新兵に肩を貸して助け起こす──幸いにも、軽傷らしい。

やがて、兵の誰かが勝ったと声を上げる。信じられないかのような顔付きで

互いに向き合いながら勝った、勝てたという言葉が誰伝えるでもなく伝染していく。

ふん、とその様子に少年は鼻息を吹いた。


「おい、無事か。君、名前は?」

「は、はい。イヴァンといいます、だ。だ、ペルーン様」

「ユーリで良い。それより無事か」

「は、はい。ありがとう、ありがとう」

「いや、此方こそお前達のおかげで無事勝てた」


 のっぺりとした顔の新兵を自分で立たせるとユーリは兵共を眺める。

ともあれ、今日は生き延びた。この連中を率いてどこまでやれるか──

その途中で考えを放擲し、少年は面頬を上げて天を仰ぐ。

どこまでも蒼く抜けるような晴天が広がっていた。



 /



 結局、あの老人はロクに仕事をせずに逐電したらしい。

待てど暮らせど梨の礫に、痺れを切らしたヴォロフが

少年に皇都への出立を命じる事と相成った。その道行はユーリ一人きりではない。

エイブリー=ホワイトホース、ゴザク=クレイノードとウー=ヘトマン。

ついでに持たされた鉄の延べ棒が少年の道連れである。


屋根付き馬車に揺られつつ、ユーリはヴォロフの言葉を思い返していた。

曰く──念の為鍛冶屋に調べさせたが、どうも普通の鋼とは拵え方が違うらしい。

都でドワーフの鍛冶なり、技術者を捕まえて正体を明かしてくれ、との事だった。

他は全て道具に作り直すにしても、何か良く解らないものでは困るらしい。

ならば贈り物など受け取らねばいいだろうと少年は思ったものだが、

領主としての立場がそれを許さない、と何とも複雑な表情で彼の兄は語っていたものだ。


 そう、贈り物である。少年の思考は深く沈んでいく。

聞けば正体不明の人物が今後の付き合いにと大量のインゴットを置いていった、と。

そんな都合の良い話があるものかと怒鳴りそうになったものだが、

現実は床に鎮座して一歩も譲らない。

お陰で兵共の装具も大分様になったのは事実ではあるが、

意図が読めず、胡散臭い事この上ない。

けれども強引らしいそいつは、早くも使いの一団を送って寄越し、

荒れ果てたペルーンの一角でトテカンし始めた。

財に物を言わせて先手先手を分捕るやり方には反感を覚えていたが、

さりとて利益があるのも事実──


「ユーリ、ユーリ」


 と、うつらうつら考え込んでいた少年をウーの声が覚ました。

先だっての土地のごたごたが理由でゴザクと共に同行する事となった彼女は、

随分ぶりの都だと出発前からはしゃいでおり、今に至るもこの有様だ。


「ん……すまない」

「いや、いや。退屈な旅路だからな。そうなるのは解る。空が飛べれば良かったのだが」

「うーちゃんは元気ねぇ。お姉ちゃんはもう体がカチコチよ」

「年寄染みた事を言う。それにだ。年下扱いするなと言ったろう」

「見た目って大事よ。龍と言うよりお嬢ちゃんじゃないの」

「お前に言われたくない」


 あらあら、と非難の目を躱すエイブリーを余所に、ユーリは窓の外を眺める。

半妖精は半妖精でストロングウィルへの報告があると言う。

両者不在の間の防備に一抹の不安を覚えなくもないが、

少年は兄の判断を信じていた。と、ゴザクが相変わらず柔和な顔をユーリに向ける。


「ペルーン殿、賑やかな旅路は結構な事じゃありませんか」

「ゴザクさん。部下がご迷惑をかけてばかりで」

「いやなに、貸付はしっかりと回収しますからご心配無く」

「相変わらず食えない……ああ、そういえばご存じとは思いますが」


 ゴザクは一瞬、ユーリの傍らにある延べ棒を見遣る。


「ふむ……どういったご用向きで?」

「単なる世間話ですよ。貴方はこの贈り物、どう思われてますか」

「そうですねぇ。胡散臭い、の一言に尽きますな。できれば丁重にお帰り頂きたい」

「ほぅ、意外。量が足りないと言ってもう少しせしめるのかと」

「ユーリ君。君はお若いから知らない相手から貰う事の恐ろしさが解らんのですよ。

何かを貰えば相応の返礼をしなければならなくなるという次第。

つまり、無理矢理にでも縁を結びたいという動機があるんでしょうな」

「貸し借りでも無かろうに」

「しかし、口実にはなる。以前お助けしましたから後程便宜を、という風に。

何を考えて居るにせよ、ペルーン殿に絡んでくるのは明白ですから気を付けられると良い」

「やっぱり食えん奴」

「良薬口に苦し……さて、そろそろ都の外壁が見えて来ましたぞ。あ、龍殿龍殿。ほら」

「おお、やっとか!麗しの皇都よ、また来たぞ!」 


 ゴザクの言葉に反応し、ウーが窓から身を乗り出して彼方を望んだ。

馬車が差し掛かった丘の上からは、大河が貫く都市の遠景が絵図のように広がっていた。

一行を乗せた馬車が進むにつれ、行き交う諸々の姿も増える。

荷物を満載した荷車、どこぞへ向かう騎馬の群れ、

道端で蹲る乞食や、停めた幌馬車にたむろする得体のしれない一団。


 僅かにユーリの感じた違和感は間近に迫った市壁の恐るべき惨状を見て確信に変わった。

まるでケーキにナイフを入れたように、

ガラスのような断面を残して鋭利に切り取られた部分がある。

かと思えば、巨大な槌で叩いたかのように抉れ崩れた部分がある。

半ば傾きつつも補修を放棄され、草生した壁材を抜き取っていく連中を咎める者も無い。

市域に入るや否や止まった馬車から降りるなり、エイブリーは言う。


「やー、都の有様も相変わらず。ま、どこも大変なのよね」

「戦場になったとは伝で聞いていたが……何とも残念だな」


 ウーの悲し気な呟きは都市の匂いに溶けて消えた。


「立ち上がる元気も無いのよね。さ、どうする?それぞれやる事がある筈だけど」

「先ずは投宿。ホワイトホース……は確か焼けたのか。

余り金も無いが、それ以上に土地勘が無い。案内を頼む」

「はいはい、任されましょ上官殿。二人もそれでいい?」


 それぞれの返答を聞き、エイブリーは一行を馴染みの宿へと案内した。



 /



 宮城からの退出を待たずして、ペルーンとしての奏上への返答が届いた。

言上された現地の惨状に驚いた様子の役人が述べた所によれば、

あの老人は現状の真逆を伝えて言ったらしい。

兵に問題なく、ペルーンは豊かであり、税率を上げてはどうだろうかというのがその内容だ。

情勢が整い次第、兵を率いて奴を焼き討ちに行こう、

と決心しつつも憤懣やるかたないのは変わりない。

応対した役人も個人としては同情していたようであったが──

思い出しつつ、ユーリは書状を放り出してベットに身を投げた。


 ドラゴン一匹に国軍は動かせない、というのが要旨である。

万年人手不足なのは勿論の事、皇国をぐるりと囲む王国連合諸国に、

国内に燻る紛争地帯への派遣や、突如出現した魔物への対処への備えもある。

当然の話ではある。どんな組織も無限の人手と資源がある訳ではない。

さりとてペルーンを見捨てるという訳では無論なく、

代替案として示された名前が──ストロングウィル。

ホワイトホース一党も所属するその集団から

冒険者や傭兵を雇い入れる金を援助しよう、という事らしい。


「とは言え期限付きか」


 なれば、ねぐらを探して叩くという話になる。

それこそ冒険者の仕事という訳だ。が、ドラゴンを叩くと言うのは簡単ではなかろう。

第一、探索行と言っても四方八方に人を送り出すだけで解決するのだろうか。


先だっての襲撃を思い出し、ユーリは頭を悩ませる。

一山幾らで無い冒険者というのも居るのだろうか?疑問は尽きぬ。

ユーリは冒険者だの傭兵だのの住まう世界についてとんと知らぬ。

エイブリーにでも相談する必要があろうが、結論は出るだろうか。


 煮詰まった所で飛び起きる。相部屋の老人──ゴザクの姿は未だ無い。

エイブリーが一行を導いたのは所謂冒険者の宿という奴だ。

もう少し良い宿は無かったのかと思いはするが、界隈に一番の事情通である

エイブリーより良い案が出せるとも思えず、男女別室の上投宿と相成った。

階段を下りれば酒場兼食堂に数人の男たちと同行者達の姿があった。


「やぁやぁ、ユーリ君。書類仕事は済んだかい?」


 と、声をかけたのはエイブリーだ。

少年が首を振って答えると彼女はジョッキに口を着ける。

時は既に夕暮れだ。まばらに胡乱な連中がやってきては

ユーリ達の陣取った一角に一瞥をくれる。


「エイブリー、エイブリー。そういえば、ストロングウィルとやらは

長腕のシャルヴィルトが治めておるんじゃろ」

「そだよ。……うーちゃん、龍だって聞いたけど、知り合い?」

「有名人じゃからな。昔の戦いで何度か顔を合わせた事がある」

「その有名人に会いに行く事になりそうだよ」

「それは重畳。私も付き合うぞ。……何じゃその目は」

「うーちゃん、お仕事の邪魔しちゃダメよ?」

「じゃから子ども扱いは止めろと。共通の知り合いがいた方が話も弾む」

「いや、うーちゃん。忙しい人だし、会ってくれるかは解らないって」

「断られたら押し通るまでよ」

「止めて、本当に止めて。計画がおじゃんになるだろ」

「ふん、冒険者たるもの連れの一人や二人増えてもどうという事はあるまい。

第一、 行くとすれば半妖精とお前じゃろ。ずるい。私も混ぜろ。連れていけ」


 自らは薄いエールを含みつつ、若者二人と主人の話を聞いていたゴザクが

笑みを浮かべてウーの肩を持ち始めた。


「私からもお願いします。ほら、伝手を増やすのは重要ですからね。

シャルヴィルト──ストロングウィルと言えば今を時めく傭兵団、いえ、私設軍隊?

ともあれ、皇室や皇軍との繋がりも深いとか。

大戦を生き抜いた数少ない傭兵団が前身ですし、龍が頭目となれば

ドラゴン退治によりよい知恵も授けてくれましょう。

──相手にして貰えれば、ですが」

「それで」


 一拍区切ってユーリは頬を膨らませている龍を見た。


「連れて行けと。話になるかも解らんが」

「そこの所は貴方の力量次第。どっちにせよ、冒険者を雇い入れるに──」


 ゴザクが一瞬エイブリーに目配せをした。


「少しは素性や力量についても打ち合わせねばなりますまい。

傭兵と言うよりは押し込み、忍び、或いは野伏。探し屋とか狩人が必要でしょうな」

「凄腕の冒険者は高いし、大抵は軍に色々なギルド、貴族だのが召し上げてちゃっててね」

「折角他人の財布をあてに出来るのですから、出来るだけ使い倒すのが宜しいかと」


 まぁ、わたくしはずぶの素人なので、とゴザクが区切る。

相変わらずの老人に辟易しつつも、ユーリは頭を捻る。

蛇の道は蛇か──ずい、と龍が身を乗り出して顔を寄せた。


「で、どうする?決めるのはお前ぞ、ユーリ」

「解った、解ったよ。知恵も貰ったし、好きにすればいい」


 そういう事になった。


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