餅撒き恋しや、花いちもんめ(元ネタ:弥彦神社事件より)

時は、ゆうじがまだ昭和の頃と何ら変わらん様な

木造家屋生活をしていた頃。

神社では当時、大晦日から元日にかけて行われる二年参りにおいて、

紅白の「福もち」撒きが行われていた。

前日から約3万人が殺到、拝殿に向かう者と、

参拝が終わり戻る者とが、

中央の15段ある石段付近でぶつかり合い、滞留した。

だが、心なしか木製の拝殿部分辺りから異様な軋む音が響いていた。

多くの人々の雑踏と雑話に紛れているためか

それを誰も感じ取る者は居なかった。

人々の意識は、早く毎年の参拝を済ませて人によっては

帰りがけに夜店の屋台の甘酒や夜鳴き蕎麦そばでも食べて自宅で

正月でも過ごしたいのだろう。実際、一部にそういう者たちも居る。

寒さに堪えかねない妻子を鑑みた親子連れの旦那さんも、

少しばかり早い年越し蕎麦を考えたのだろう。

温かい掛け蕎麦を注文した。一杯につき300円に抑えた価格が良かったのか

それとも、カツオと昆布を上手く合わせた出汁に味醂とお醤油を

巧みに配合した蕎麦つゆが良かったのか、ゆうじが一杯を頼んで

食した後からどんどん、背後から寄り集まって来た。

やはり、最近は自宅で調理するのは面倒だという家庭が増えてきてるのか

年越し蕎麦といえどやはり、店屋物てんやもので済ます者が

増えてきてるんだろう。ゆうじはいつしかどんどん

脇へ脇へ追いやられてしまった。人間の勝手さを垣間見た思いだ。

こうなれば、毎年楽しみにしている餅撒きの方へ行こう。

ちなみにゆうじが楽しみにしている「餅撒き」とは、

神社側が毎年、祭りや年末年始の参拝に感謝し

それに何か報いてやろうという企画で10年以上前から

始めたものであった。これが割と良かったのか

参拝客が増えてくれたのである。

その為か参拝客はどんどん、社殿に集中している。

そこへ社殿から戻って来る客とすれ違おうとする。

その結果、床と玉垣に無理な力がかかっている状態になってる。

そうなれば、いつ最悪な事故に及んでも不思議では無くなりそうだ。

おまけに、ここの神社の警備を請け負っていると思われる

警察官や警備会社の派遣社員は双方を入れても、

30名にも満たぬという。神社の関係者は誰も社殿からは出たがらないのか

宮司も巫女も社殿で参拝客の相手と榊を振るい、和演奏をするに留めている。

こりゃその内、神様が激怒するのも時間の問題になるのでは?

そうゆうじは内心、そう思った。

そして次の瞬間、そのゆうじの懸念は現実のモノとなった。


それというのも生木を裂くかの様な凄い音と共に

社殿に床や手摺をはじめとする神社の木製の部品が

無理な力に耐えられなくなって裂けたみたいだ。

しかもそこへ来て、新年を祝う花火を打ち上げるだなんて

やってしまったために参拝客が興奮してしまい、

はしゃいでしまったため、ただでさえ耐えるのが精一杯な

木製の神社の部品の破断を早めてしまったのだ。

この年末年始のおめでたい時期に、

この神社には照明がなく、境内は暗かった。

参拝客のなかには飲酒者が混じっていて、

自制心を失った群集もこの惨事において二次被害を引き起こした。


この事故当時、雪などまったく降らず暖冬傾向な年末年始だった上に

前年は農業は豊作、企業の決算は殊の外ポジティブで今年を終えたのか

経済的に余裕の高い家庭が非常に多かった。

しかも、高速バスがここ数年で発達傾向にあったのか

利用料金の平均も右肩下がりなのか、そこへ来て

新たな自動車専用道路が複数、開通しこれまでだったら

隣の県の市町村からその日の朝に出発し現地に昼下がりに到着する程度だったのが

今では、遠く2つ以上の市町村からここへ到着するレベルへと発達したのだ。

否、それすら今では時間が、かかり過ぎるだろう。

それくらい、陸上の移動力が発達したのだ。

ただ、それに対し肝心の現地の方が意識改革が追い付いて無さ過ぎて

やって来る客の受け入れ許容量の超過に適応出来なかったのだ。

そう、これは自分の住んでる地域の大人たちの頭の古さが

殺した様なものだ。どんどんと社殿から運ばれてくる参拝客だった

数多くの老若男女の遺体をゆうじは見せられるにつけ、

人を殺すというのは何も殺人事件を犯した犯人の様な

粗暴さや残忍さだけとは限らないのだと。

いつまでも古い考えに固執して時代の変化に対応せず、

代々の考えだからという理由で変化を拒否した結果、

大それた結果を招き、それで多くの人たちを死なせてしまう事も

あるものなんだなと感じてるゆうじに冷たい寒風が頬を伝う。

その冷たい風が頬を伝うのを感じるにつけ、ゆうじは

自分がやがていつか老害と呼ばれない為に、何が出来るのか?

どうすればああいう自分の間違った判断で人を殺さずに済むのか?

そして何より、自分の周囲の大人たちがこの悲劇に学び

人を殺すのは犯罪だけでは無いのだというのをもっと知って欲しいと

願うのだ。せめてゆうじが大人になって間違った判断をしないための先達に

なって貰いたい。ただもうそれを願うだけであるのだ。

そう思ったゆうじは、悲劇の社殿を後にして

夜更け神社からの道を通り家路に就いた。

やがて、この年末年始での出来事がゆうじにとって

雨後うごたけのこのごとき、数々の激変の走りとなるのを

彼はこの時、まったくご存じないのである。

そう。数か月後に迫っている運命の皮肉を知らずに。

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世にも奇妙な青春譚 うつ @utsu

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