憧れの年上の女(ひと)は幼妻として死んだ(元ネタ:千葉少女墓石撲殺事件より)

「僕の好きだった春香さんが死んだッ!?そんなのウソだと言ってよッ!?」

この童顔の下級生の少年が、思わず叫んでゆうじに詰め寄る。

周りの同級生たちも各々の会話を中断して集まって来る。

「俺も信じたくは無かった。だが、これは俺が知り合いから

伝えられた事実なんだ。俺としても今のお前と同じ気持ちだ。」

ちなみに、このゆうじに詰め寄っていた少年の名は千葉啓太である。

そしてこの啓太が好きだったという少女とは石川春香という名だ。

写真で見る限りでもセミロングの髪型をした非常に美人だ。

「更に信じたくは無かったのだが、彼女は高校に進学したが

その年の秋に中退し、その後バイトに明け暮れていたのだ。」

「あの人が・・・。」

「しかも悪い事に、この街じゃ知らぬ者は居ないとされるワルと

戸籍上は夫婦となっていたんだ。」

「えッ!結婚してたんですかッ!?」

「だから戸籍上はと言っただろう。

つまり実態は元から夫婦関係では無いのだ。」

「どういう事?」

「つまりは、こういう事だ。」

ゆうじは啓太に説明する。ゆうじの説明によると

春香は確かに啓太が小学6年生だった当時。彼が一目惚れしただけあって

純白のテニスウェアとそれから伸びる白い生足が眩しいくらいだ。

それに当時の部員から信頼が厚く全国大会に出れる

候補のひとりとされる程の実力もあった。

そんな彼女の転落の始まりとなったのは、中学3年の時の全国大会への

夢を賭けた県大会の試合で、初戦で敗れたのが発端だ。

勝負の世界とは非常に冷酷無情なモノで、それが原因で

部員も顧問の教師もコーチも、そして何より周囲の者たちが

それまで応援してたのがまるでウソの様に手のひらを返し、冷たくなった。

そんな状況下で彼女としては精神の平衡へいこうなど保てる訳が無く、

テニス部からは半ば石もて追われた様な引退後は半ば捨て鉢になった。

あの屈辱を何とか忘れようとばかりにバイトに明け暮れる一方で

胡乱うろんな者たちと関わり、付き合い始めた。

その過程で、のちに自らを死に追いやる男と出会ってしまった。

そして高校に進学したものの、その年の秋には中退し

その後はカラオケ店やネットカフェや書籍のチェーン店での

掛け持ちアルバイトに明け暮れた。


そしてその肝心の相手の男はというと、

そいつは10歳の時に両親が離婚し、親類に預けられた。

そして12歳で再婚した母親に引き取られたが、

その新しい父親は半身不随の障害者である上に

暗愚あんぐな男で一家の主としても父親としても

決してふさわしい器量では無いという。

その父親との波風が立たなかったのは最初だけで

その後はその父親との不仲に時間と気力を取られて

勉強は疎かになり、結局は第一志望の高校に入れなかった。

補欠で受かった高校では、やがて不良と付き合い出し

窃盗や恐喝など略奪行為を働いて少年鑑別所行き、

遂には暴行事件(自分と目が合ったというだけの

理由で予備校生を完全に叩きのめして病院送りにした)を起して、

少年院送致の結果を招いた。

そこを出所してからも遊興費ゆうきょうひの欲しさに

あちこちで数々の悪事を働いていたのである。


話を春香の事に戻す。

彼女はカラオケ店はじめ多くのバイトの掛け持ちをしたものの

給料面でどうしても不満があり、

こうなればいっそのこと水商売でもして働こうとまで考えた。

だが18歳未満で水商売して働こうなど不可能であった。

それにつけ込んだ男は彼女に対し、自分との結婚を持ちかけた。

そうすれば成人として扱われるだろうというのだ。

確かにそうすれば民法上では成人としての扱いにはなるが

風俗営業法の規制では16歳で就職するのは禁止となっている。

二人はやがて婚姻届を提出し、戸籍上において夫婦となり

春香はキャバクラで働き始めたのである。


無論、この二人の間には恋愛感情も何もあったものではなく

双方の利害ゆえの偽装結婚に過ぎないのである。

この男はあちこちの消費者金融から総額600万以上に及ぶ借金があり

以前にも別の女性と偽装結婚していたという。

この男としてはその様に女性の苗字を名乗り、名前と戸籍を変える事で

借金返済の督促を逃れようとしたのである。

男は春香に対し偽装結婚で風俗営業法の抜け穴で働ける様にしてやった

見返りに上納金を要求したのである。

春香も最初は出せる限りの金額を出す事で対応したが、

次第にその金額が上がり頻度も増える様になると金銭トラブルに及んだ。

あまりの男の身勝手ぶりに腹を立てた春香としては

この偽装結婚の事に関して警察に相談するより他は無いと漏らした。

これにおいて男は大いに懸念していた。それというのも

この男は以前にやらかした詐欺事件の事で現在は執行猶予中の身の上であり

現在における春香との偽装結婚が発覚するとその猶予を取り消され

収監されるは必定となるため、ここに到って男としては

最早、春香をこのままにしておく訳には行かないと考え、口封じを思いつき

未成年の仲間に対し、「お前たちが以前に起こした事件のことに関して

春香が警察に通報しようとしている」などと持ちかけた。

彼らとしては今、警察が自分らに関わって貰っては困る事情を抱えていただけに

男の言う事を真に受けてしまったのだ。


そして事件の日を迎える。

春香の勤めるキャバクラに男は電話を入れたのである。

戸籍はじめ多くのことで話し合いたいというのが、呼び出す口実だ。

男が運転する高級車がキャバクラに来て、仕事を終えた春香はそれに乗り込んだ。


そして墓地の駐車場に車は到着した。

その時間帯は午前2時半になろうとしていた。

既に男の仲間である16歳から18歳までの男らがその駐車場の

周辺に隠れて待ち構えていたのである。

男に言われるまま車の外に出て、墓地の方角に彼女は歩き出した。

墓地の入り口に差し掛かったその時である。

隠れ潜んでいた男ら数人が春香に飛び掛り、殴る蹴るの暴行を

加え始めたのである。思わず悲鳴をあげ男に助けを請う

春香に対し男は無情にも隠し持っていたハンマーで殴打した。

そして仲間たちにもハンマーを手渡して順番に殴打させ、

重さがほぼ60キロはあろうかという墓石を

思いっきり頭に叩きつけて止めを刺した。

そして最後に、春香の遺体にあらかじめ用意しておいた

ライター用のオイルを少なくとも30本を

身体に惜しげもなく降りかけると火をつけて

火柱が高く上がってるのを見届けるとその場から姿を消した。


後にそれを発見した通りすがりの男性によると

発見した際においてその女性の身体は8割ほど炭化しており

火はまだ燃え上がっていたという。


そしてその日の夜に、この男はいけしゃあしゃあと

警察に情報を提供し自身に疑いをかけられ難くした。

そしてマスコミのインタビューに対しても悲痛な発言をする事で

被害者である事を装ったという。


しかし警察がこんな男のあざといやり口に騙される訳が無く

逆に男が春香と偽装結婚している事を把握し、

更にあちこちの店でライターオイルを買ったり盗んだりした

一時始終を防犯カメラの映像から入手したため遂に男と少年らは逮捕となった。

男は最初は何処までも犯行を否認していたが仲間の少年らが自供したため

とうとう観念して供述をしたという。


これが啓太に対するゆうじの説明であった。

それを聞かされた啓太は大いに声を上げて泣き崩れ、

女子生徒も啓太に同情的となった。

そして何より、授業のために教室に来ていた教諭も

後で校長や教頭に説明を求めた。

最初は拒否していた校長や教頭であったが多くの生徒たちから

自分らにとって大先輩である春香がこうなっていたのを知っていながら

隠したと批判されると、観念して翌日の全校集会で事実を認めて謝罪した。

それから数日余り経って、自分と同世代の女の子と恋仲なのだろう

殊の外仲良くしている啓太の姿を見たゆうじは、彼が恋人を作るまでに

成長したのを感じ、願わくば彼が春香の死を乗り越え

春香の分まで幸せであって貰いたいと思うのであった。




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