【完結作品・中編】ジンジ・カチョーは恋をする

こげにく

プロローグ1.紙とペンとジャイアント・スウィング

「行くぞテメーら! しっかり数えやがれ!」


 焼けつくような照明の下、女子プロレスのリングの上で私は叫ぶ。

 顔の左半分にメイクを施し、鍛え上げた肉体を露出した衣装を着て四方を見渡す。


 この戦場で私が戦う相手は大勢の観衆。悪役ヒールとはそんな存在でこそ輝く。


 目の前に横たわる女は、モンゴル出身のスモウレスラー【スチームパンク・ウルフ】。何度も投げられ地面に叩きつけられたが、得意の噛みつき攻撃から至近距離のモンゴリアンチョップで形勢逆転、仕上げに監獄固めから裏拳をお見舞いした。相手はもはや気絶寸前、勝利は目前だ。


 敵の両足を脇に挟むと、豪快に持ち上げ回転する。

 プロレスという格闘技にしかなし得ない大技、そして私の代名詞【ジャイアントスウィング】だ。


 会場が熱狂に包まれ、まるでロックコンサートのように回転数をカウントする大合唱が響く。


「いーち!、にーい!、さーん!……」


 ブラジリアン柔術も、ボクサーも、テコンドーの世界王者だって皆、この技で葬ってきた。

 メイクをした悪役レスラーがプロの格闘家たちを叩き潰す。邪道と言われようと構わない。それが私のスタイル。


───68回転。


 公称110キロという歴代最重量の相手に対して自らの回転記録を更新し、スチームパンク・ウルフは立ち上がることもできずに病院送りとなった。


 試合後、控え室にはマネージャーの男と私だけが居た。


「……いい試合だったが少し時間が掛かりすぎだ。あれではファンが飽きてしまう」


 マネージャーは私のひとつ年上の元プロレスラー。

 ストイックな練習で靭帯を断裂し、レスラー生命を絶たれた。

 彼の名は【ジンジ・カチョー】。私の海外修行時代からの相棒だ。


「今日のあいつ、強かったよ。

 最初の張り手で気が遠くなりかけた」


「忘れるな。お前はプロフェッショナルだということを」


 今やこの女子プロレス団体で絶対的なエースとして君臨するスーパースター、【ダークソウル・サキュバス】。

 世界二十ヵ国以上でアクションフィギュアが発売されている、それが私。


 試合後、私とジンジ・カチョーは同じマンションに帰宅した。


 二人は恋人ではないが、下積み時代からずっとこうして暮らしてきた。


 シャワーを浴びて軽い食事を済ませると私はイスに腰かけて机に向かった。

 机の上には原稿用紙。隣には熱いお茶を用意したジンジ・カチョーが座っている。


「さあ、始めようか。締め切りが迫っている」


───毎日続くこの生活。


 私のもう一つの顔、それは老舗の文庫シリーズ【吊り天井書房】に連載を持つ新人小説家。

 元はといえば小説家デビューを目指して文芸部に入部した高校一年生の春。たまたま持ち込みをした出版社からオファーがあり、急遽デビューが決まった。


 一大決心をして学校を辞め上京した夏、出版社から驚きの事実を言い渡される。

 

「デビュー決定は手違いだった」


 【吊り天井文庫】の出版社が手掛けるスポーツ雑誌【週刊キド・クラッチ】が出版不況の折りに新事業として立ち上げた女子プロレス団体からの新人レスラーとしてのデビュー通知だったのだ。


 もう退学してしまっていた私はやむなくデビューを受け入れ、交換条件としてメキシコでの海外武者修行を会社に取り付けた。


 そして渡航した先に再び驚きの出会いが待っていた。

 修行先に日系レスラー練習生の同僚としてトレーニングしていたのは、高校文芸部の先輩の一条一いちじょうはじめ。彼がなぜそこに居たのかは分からない。

 その後に私のマネージャーとなる【ジンジ・カチョー】その人だ。


 その後、日本に戻り悪役レスラーとしてブレークした私は、元々の夢だった小説家としての二足のわらじを目指して奮闘している。


「【奥デス】、入稿まで間がないが、この前の章を手直ししたいんだ」


 【ジンジ・カチョー】は私専属の担当編集者として出版社と契約している。

 高校文芸部の部長をつとめた文章力はベテラン作家も舌を巻く。


 【奥デス】とは私のデビュー作、【奥さまは武装要塞惑星death star 】の呼称だ。今夏にアニメ化も決まっている。


 宇宙を初期化するという破壊プログラムを持った惑星型武装要塞の中枢AIが地球を消去するために送り込んだ自らの分身、女子高生の姿をした【星ミウト】と新婚生活をおくることとなる主人公の甘酸っぱい初恋と地球の存亡を描いた物語だ。


 ──だが、私は恋をしたことがない。

 ただただ猛者たちをパイプ椅子で殴り、蹴り、首を絞め、マットに沈めるだけの女だ。


 ああ、近くに恋の研究対象なんて……。


「いるわけないか……」


「集中しろ。明日は8時からトレーニングだぞ」


「はいはい。鬼マネージャー」


「当たり前だ。俺は編集もセコンドも手を抜かない。

後で包帯変えとくから、古いやつは洗濯カゴに出しとけ」


「はーい」


「もぐさを練っておいたから灸の準備もだ」


 壁に貼ってある一枚の思い出。高校の部室で撮った集合写真には、あの頃の二人の笑顔が写っていた。

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