第1話 十黒木 咲

【ひと目見たその時、俺は恋に落ちた】


 桜の花びらが窓から舞い込む、陽のあたる部室。

 ショートカットの片側をブローチでとめた女の子は、目を輝かせながら言った。


「はじめまして。

 十黒木 咲じゅうくろぎ さきです。サキって呼んでください。

 えっと、小説が好きで、夢は小説家になることです。文芸部では楽しい思い出を作りたいと思います」


 それは高校文芸部の新入部員紹介での場面。

 俺の名前は、陣野 慎二じんの しんじ。文芸部の2年生だ。


 3月に先輩部員3名が卒業した時点で文芸部は一年生4名だけとなり、部活動の最小人数である5名を割り込んでしまった。

 そんな状況で迎えた4月、俺たちの学年は2年生になり、新人勧誘に精を出した結果、新一年生から5名が入部した。

 俺はそんな文芸部の中で特に気難しい部員で通っていた。口数は少なく、与えられた仕事をそつなくこなし妥協はしない。顧問の先生さえ一目置くその頑固さを買われて部長を拝命するはめになった。


 小説を書くことは出来てもプロを目指すことはない。そんな不安定な職業を選択する覚悟も才能もないことは、自分が一番わかっていた。

 きっと平凡なサラリーマンにでもなって一生を終えるのだと。


 初日の部活終わり、部室で最後の後片付けをしていた俺に、彼女【十黒木 咲】が声をかけた。


「陣野先輩、今日はありがとうございました。あの……」

 

 大きな瞳、透き通る声にまるで吸い込まれるような気がした。


「去年の文芸部の作品集、部長の作品読みました!

 すごく!すっっごく面白かったです!!」


「え……」


 笑顔が眩しい。変な動悸がして自分の顔が紅潮していくのがわかる。こんな感情、初めてだ。

 俺は自分の動揺を隠すようにメガネを直した。


「十黒木さん、だったっけ。

 小説家になりたいって言ってたっけ」


 なるべく無愛想で、冷たい声色でそう聞いた。


「あ、はい! 中学の頃から小説を書いてて、出版社のコンテストとかにも送ってるんですけど……。

 私、デビューできるなら、すぐに学校をやめてでもプロになろうと思ってるんです」


 彼女の目は真剣で揺るぎない力強さに満ちていた。


 【彼女……本気なんだ】


 あっという間に違う世界へ飛び出して、俺は彼女と一緒に居られなくなってしまう。

 即座にそう感じた俺は暗闇に叩き落とされるような気がした。


「あ、でもこの文芸部は好きです!

 大好きなこの部で思い出をいっぱい作ろうって決めたので!」


 唇を噛んだ。

 夢に真っ直ぐ向かおうとする彼女に抱いた嫉妬心だったのかもしれない。


 俺は彼女を刺すような視線で睨みつけ、言った。


「……うるさいな」


「……えっ?」


 彼女は一瞬困惑した。

 俺にとって【好き】って何だろう。小説も、部活も、本気で好きかどうかなんて考えたこともなかった。

 でも、今の俺に言えることが一つだけある。



「……俺、好きなものを思い出で終わらせようとは思ってないんだ」


 その時、俺の胸にひそかに芽生えたもの。


 それは【恋】と【覚悟】。

 二人を繋ぐ物語の始まりだった。

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