1-㉟

 一対の靴が発見された。

 川に流されて街まで流れてきて、その表面に乾いた血痕が残されているので、発見者は警察を呼んだそうだ。


「で、どうですか、桑下さん」

 かけるはパシャパシャと写真が撮られている靴に視線を送りながら純一に問うた。

 あの日、純一がかける達に罪を告白し、全力で協力すると約束した。

「これ薫さんのものですか?」

「あの時は暗かったんでよく見えなかったんですが、薫は確かに同じスポーツシューズを持ってるはずです」


「どうです、朝霧さん」

 かけるは真琴に問うた。彼女は数枚印刷された写真と比較する。その写真は言われるまでもなく、自称通り魔の現場に残されたものである。

 真琴は目を凝らして一枚ずつの写真と捨てられた靴を交互に見る。

「私は同じに見えるわ。それにこれはちゃんと人間の血液よ」

「これは流された……ですね」

「彼女が捨てたかしら?」

「そうですね……」

 水は低いところに流れる。川を沿って遠方へ目をやると、人が住み着く気配を感じない丘の谷に続いていた。




 彼女はまだ生きているのだろうか。早く見つけないと。

 ――罪を償えるために俺は逃げない、と純一はそう決めた。

 だから君もその罪が赦されるまで生きてくれ、薫。


「――って……」

「ジョーカーを取りましたね! 桑下さんの負けでーす!」

 ワイワイと四人――かける、三夏、真琴、そして純一自身がテーブルを囲んで――

「……なんでババ抜きをやってるんですか!」

 ――ポーカーを遊んでいるのだ。


 え? とかけるは蔑んだ目で彼を見返す。

「当たり前ですよ。捜索なんて俺達がいても邪魔ですから。というか桑下さん負けたので今度奢ってくださいね。いちごパフェでお願いしますよ」

『私はハーゲンダッツでいいです』

「じゃあ私は……ええと、焼き肉かしら?」

「高価なものばかり頼んでないでください! 俺はまだ学生なんですけど!」

「じゃあ朝霧さんのは却下で」

「なんであなたが決めるのよ!」

「朝霧さん、自称エリートならこれぐらいのことは自分で考えてくださいね」


 なんなんだ、と純一は頭を抱えた。一刻も早く薫を見つけたいのに、遊びなんてする気持ちになれるはずがない。薫は何日も帰ってこなくて、もし彼女に何があったら……。

 これ以上考えたくない。自分は最後に彼女と会えた時、彼女がナイフを振り下ろす前に止めていれば――

「――止めていれば今に至らない、とか考えてるんですか?」

 心をそのままかけるの声で読まれたので、純一はハッと彼を見る。


「くだらないですよ」

「なっ……」

 純一の顔が怒りで赤くなり、彼はテーブルを叩いて立ち上がった。だがかけるは動揺せずに配られたトランプを整理しながら淡々と言う。

「こんなことを悩んでも綾野は生き返らないし、あなた達が犯した罪も消されやしない。そして薫さんを早く見つけることもない」

「それでも……!」

「はい、次です。桑下さん、今回負けたらパフェ二日分ですよ。集中しなければ一週分に変更しますね」

 言い返せずにいた純一は、黙々と再び腰を落とした。




 ババ抜きの囚人になってどれくらいの時間が経ったのか、と純一がそう思うとりーんとかけるのスマホが鳴った。

「はい、椿原です……、なんだ見坂さんですか。はいはい……え? む……分かりました」

「どうしたの?」かけるがスマホを下ろしたところで真琴が聞いた。三夏と純一も彼の言葉を待っているように彼を見上げる。


「見坂さんが、薫さんを見つけたって」

「薫がッ?」と純一はテーブルを二つに裂けるような勢いで立ち上がる。

「……あまり興奮しないでください。今は意識不明らしいです」


*


 ――“えーけいちゃんですか?”

 はい。あなたが、Tなんですね。

 ――“Tです……”

 どうしたんですか?

 ――“いや、なんか……えーけいちゃんって可愛いなぁと思って”

 ……意識したことありませんが。

 ――“そう? 君みたいな子は、絶対にモテてると思ったのに”

 持てた方が良かったんですか? その荷物。

 ――“そういう意味じゃなくて……、まあいいや”


 そうですか。取り敢えず突っ立たないで中に入りましょう。

 ――“お邪魔します。……てか思ったんだけどさ、なんでえーけいちゃんは敬語をやめないの?”

 ……まだ慣れてないもので。

 ――“そうか。まあ、これから慣れていこうね”

 ……少々待ってください。

 ――“分かったよ。ソファに座ってもいいよね?”

 どうぞ。


 ――“……えーけいちゃん? まだかな。ちょっと長い気がするけど”

 ――“どうしたのかな?”

 ――“えいけいちゃーん、いるかー”

 ――“浴室もいないし、部屋かな”

 ――“でも女の子の部屋だし、勝手に覗いたら悪いな……”

 ――“なあ、えーけ……、なっ……ぐあっ……”

 ――“まっ……どういうことだ……”

 ――“なんで……、君は……俺を騙したのか……”


 ……これは私のためではありません。

 ――“じゃ……あ、誰のためにやってるって言うんだ!”

 純一のため。全ては、純一のため。

 ――“はっ? がはっ……なに、意味不明なことを……、やめろっ……”

 大丈夫だからね、純一。私が殺したんだから、純一は誰も刺してない。全ては私がやったんだからね。

 ――“君……狂っ、たのか……”

 狂ってませんよ。純一のためだから……。

 ――“あ……”


 ……ねえ。

 私は正しいよね?

 あの女のことも、純一のためだからね。

 この人も、純一のためだよ。

 だから、褒めて欲しい。全部が終わったら褒めてね、純一。

 好きだよ。

 大好きだよ。

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