1-㉛

「隊長、解析終わりました」

 真琴が宣言すると部屋に残った三人は彼女の周りに駆け寄る。

 解析が終わったとしても綾野の“書き込むことのあるサイトの履歴”の情報量は非常に多く、更に絞る必要があると真琴は言った。

 見坂は考え込んだ。


「真琴、ネットショッピングと検索結果を対象外にしてくれ。……ああ、あとキーワードがアプリ、人体研究同好会、ミーティングも除外してくれ……、できるか?」

「もちろんです」

 真琴が入力するともう一度プログラミングの式がモニターの中で駆けていく。少し時間かかります、と彼女が言った。




 ――何があったのだろうと私は後を追ってみたけど、暗くて少し迷った。でも純一が心配だから必ず見つけるから――


「終わりました」

 どれどれ、とかけるはお構いなしに真琴が座っているオフィスチェアの背もたれに手をかけて、身体を前へ傾げてモニターを見る。

「交流サイト……なんてものを使ってたんですね綾野は」

「暇潰しで掲示板とか見てたでしょ」

「直近一か月のものは?」と見坂はオーダーを出した。

「了解です。少々お待ちを……」


 パッと画面は切り替えた。

「じんけんサイトだけではなく、他のサイトでも“T”を使って書き込んでたんですね」

『そのTが、別のサイトでじんけんのメンバーにバレたりしたとしたら……』

「お仕置きを受ける……なんじゃないだろ。じんけんの活動内容さえバラしなきゃ」

「なら、もっと絞ってみよう。彼とよく話してた人からだ」と見坂。

 真琴は頷くとキーボードを打つ。彼女が打ち終わるとモニターに白いウィンドウが現れ、日本語で書かれた文字が並ぶ。

「会話の内容だな」


「綾野は年上の女性が好みって言われたんですよね」とかける。

「急にどうしたんだ」

「いや、ふと思ったんですけど、もし彼が付き合ってた女性の中でネットで出会った人がいるとしたら、ちゃんと年齢を教え合ってたのかなーって」

 かけるはスクリーンに指を当てる。「これとか」

 彼の指先に――

 ――好きです。

 そう、書かれてある。




 ――私は、純一が好きだから。あの子のこともあの人のことも、純一が望めばやっつけてあげるよ。好きだから。


*


「かけるくぅん、お久しぶり」

 ケラケラ笑っていながら自分の席に近寄ってくる伊織を無視して、かけるは退屈そうに外を眺める。

「てか大丈夫なのか? 頭はまだ布が巻いてる……」

 後ろから心配そうな声をかけてくる。バカではあるが、素直に感謝しよう。

「ああ。大したことない」


「で、本当は何があったんだよ」と伊織はいつもと違って真剣な顔なった。

「別に何も……」

「何もなかったら入院するもんか。まあ言いたくなければいいけどよ」


 かっこ悪いことではあった、とかけるは記憶を消したいほどに思った。そもそも、襲われると言っても経緯を話さなければならない。タブーだ。それに浩太なら百パーセント、昼飯を賭けてもいいくらいに、“通り魔だ!”とか言うのだろう。

 ややこしくなる。やめだ、やめ。


「転んだだけだ」

「転んで重体なのか」

 おい、どこの情報だよ伊織この野郎……。メディアに出るような事件だとしても出る前に見坂さんが抑えてくれたはずだ、と楽観的に考えたかける。どこかが漏らしたとしたら……。


「ちょっと高いとこから転んだんだよ」

 なんだか自分が容疑者みたいになった気分だ。言い訳を探して罪から逃れようとする被疑者。

「それじゃあ入院して数日じゃ済まないだろ」

「うるさい。俺がそうだと言ったからそうなんだよ」


 問い詰めるな。

 開き直ったような言い方で大人しくやめてくれると思わないが、予想外で伊織は謝った。

「そ、そうだな、すまん……。つい知りたくなった。だってほら、かけるはいつも何かを抱えてるだろ? な、浩太」

 彼は浩太にウインクを送る。それを受け取った浩太は、彼の真意を汲み取って……

「え? そうか?」

 ……なかった。当たり前か。


 浩太の後頭部を平手で殴ると伊織は乾いた笑いで言う。

「まあ退院祝いでたまに遊びに行こうぜ。俺が女子を誘うから。なあ、藤原」

 三人の横を通りかかる鈴花に伊織は声をかけた。それと同時にかけるの新しいスマホに着信音がして、確認してみると新着メッセージだった。


「え、私? い、いいよ、私で良ければ……」

 慌てて答える彼女のセリフをかけるには聞こえなかった。

「謙虚だな、藤原は。デート誘いが多いだろ」と浩太。

 下心はないとはいえ、鈴花の表情は一瞬フリーズした。

「そ、そんなことはないよ。あ、椿原くん、退院おめでとう」


 ああ、とかけるは淡々と返事した。

「すまん、伊織、浩太。今日は行けないみたいだ」

「え? バイト?」

「ああ。今日はどうしても行かなきゃいけない」

「今日から? 病み上がりなのに休ませないとか鬼畜か。ブラック企業か」

 かけるはアジトで真琴とのやり取りを思い出して、不意に口角を上げた。

「……ああ、ある意味でブラックだな。ということですまないが、今度にしてくれないか」


 伊織は肩を竦める。「だ、そうだ」チラッと鈴花の方を見る。

「藤原もすまん」

「ううん、いいよ……」

 彼女は語尾から明らかにもじもじしながら伊織に一瞥する。気付いたら助けてというサインであるが、伊織は目を逸らして見て見ぬふりをするのを見て、彼女は顔を下に向ける。


 あのう、と彼女は覚悟を決めていないようで、こもった声で言う。

「これ、自分が作ったりんごタルトだけど、良かったら召し上がってください!」と弁当箱だと思わしきものを机に置くとダッシュで教室を出た。

 デジャヴ。


「召し上がってくださいだって」と伊織はくくくと笑い声を抑えようとしない。「まあ病み上がりにはいいだろ? りんごの料理って。たぶん」

「藤原のやつ、お見舞いに行きたがってたぜ? でもかけるに殺されるって言ったら引かれた」

 浩太はまるで不可解の謎を解かねばと言わんばかりの顔をする。伊織は笑いを止めて、真顔になって浩太に言う。

「お前はバカだな」


*


 暗い。暗いよ。どこにいるの?

 たたた、誰かが走ってる音がする。違う。この音は軽すぎる。……ううん、でも近くに誰かが居る。

 一瞬の光が背後から照らしてくるので、周りの景色を把握できた。

 近いと感じる。

 匂う。

 私を求めてくれる匂い。

 聞こえる。

 私を求めてくれる声。

 感じる。

 私を求めてくれる血液。

 いいんだからね。

 もっと叫んで、もっと私を呼んで、私をあなたの側に導いて……

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