1-㉙

「すみません、赤沢先生。俺はもう退院していいですか」

 白衣を纏う男性は担当する患者である高校生――椿原かけるが不遜な態度で聞いてきたことに怪訝に思ったが、顔に出さないように対応することを心がけている。


「ああ……、確かに君の回復は速いが、それでも数日休んだ方がいい」

「数日なんて待ってられませんよ」

「何を言ってるんだい。君の身体より大事なことなんてないだろう」

「残念ながらあるんですよ」


 何もないように声の変化もせずにそのセリフを吐いたかけるを見て、赤沢は唖然した。周りの空気はいつまでも解かない緊張感が漂う。どうするものか、と彼は腕を組んで考え込む。

「……分かった。検査済んだらもし異状がなければいいだろう」

「ありがとうございます」

 きちんと礼は言うんだな、と赤沢はそう思いながら病室を後にした。


 かけるは純一が持ち込んだ紙袋の中身を覗く。

「いちご大福……あまーい」


 純一の態度は明らかに可笑しかった。彼は彼女とあの夜で会ったことあるはずだ。もし彼女があの夜に着ていた靴さえ見つければ、と思ったが、アパートにはらしきものはなかったようだ。

 当然と言えば当然か……彼女の愛用する靴であればそれを着て逃げたか、それが証拠だと分かっていて捨てようとしたかの二択だ。

 彼女を見つけるしかない。行方不明になって数日も経っている今は、彼女はまだ生きているのだろうか。それとも、純一は何かを知っているのだろうか。




「桑下純一……直々に話すのは初めてだな」

 見坂は桑下宅を出ようとする純一の前に据えた。

「こんにちは……、なんでしょうか」

「幼馴染はどこだ」

「え、薫のことですか? しっ、知りませんよ! こっちが知りたいですけど」

「彼女がシャロッテの近い裏路地であの男を殺した証拠は現場に残っている。それを知っているお前が彼女を庇おうとしてるだろ」

「ちが……っ」

「違うのはどちらだ?」

 純一は下を向ける。震えた声で彼が言う。

「違います……、何も……」


*


「朝霧さん来てくれてありがとうございます」

 かけるは満面の笑顔で姿を現した真琴を迎える。

「多忙の中で冗談じゃないわよ。事件に関わる重要なことでなければ許さないからね」

「その点は安心してください。ちゃんと関わってますから。ということで薫さんを探してくださいね」

「それ、私の仕事じゃ……」

「あるんですよ、只今朝霧さんの仕事です。何故なら彼女は容疑者になったわけですから」


「何を言ってるの? 彼女は謎の男の件の容疑者かもしれないけど、綾野の件と関係ないわ」

「朝霧さんこそ何を言ってるんですか? 薫さんは最初から綾野の件の容疑者ですよ。それから、二つの事件は繋がってるんですから、彼女がいなきゃ話が進みません」

「でも、彼女に綾野を殺す動機が……」

「彼女の日記には何も話さなかったんですか?」

「綾野のことなんていうより桑下くんのことばっかりだったわ」


「直近の日付の内容をよく読んでみてください。あともう一つ、綾野がアクセスしたサイトも解析しておいた方がいいですよ」

「綾野がアクセスしたサイト?」

「じんけんのサイト他に、はい。俺達にはまだこれが残ってます」

 彼女は暫く首を傾げて考えると、ハッと思い付いたようだ。

「ええ、そうね、探してみるわ。……ダイイングメッセージ」




 ――結局純一に志望校のことを聞き出せなかった。おかしいよね、一緒にいたいって言ってくれたのに。でも大丈夫、純一はどこに行きたいのか大体わかったから。

 ――入学式の日に純一は驚いたね。同じ高校に受かったのはサプライズだよ。それとスマホもらった。これでクラスが違ってもすぐ連絡できる。

 ――面白いサイト見つけた。純一に教えよう。


*


 曇り。

 午後四時二十六分。開店の時間にもなっていないShalotteシャロッテの看板は灰色に染まる。それにも拘わらずに二つの人影が硝子に差した。

「……隊長、これは犬井さんを呼ばなくてもよろしいのでしょうか」

「大丈夫だ。俺達だけでもすぐに対応できるだろう。三夏にはかけるの側にいた方がいい。いいか、開口薫を探すことだ」


 真琴は頷いた。彼女は腰にかけている金属の塊――銃を指で撫でていて、頭の中ですべきことを反芻する。

 ここは二つの事件と深く関わっていて、繋がっている場所だ。また行方不明になった容疑者の母、玲子がここに働いていることから、容疑者はここにいるかもしれないと。

 もし身の危険を感じたら躊躇せずに撃つ――。


「大丈夫か、真琴。

「はい」と彼女は銃を触っていない手で拳を握った。

 その拳が包んでいるのは小さな機械ロボットだ。人間の体温や脳波を検出してセットのコントローラーに位置や状態を知らせる。用途としては人質救出などがある。


 コンコン、と見坂は硝子ドアを叩いてから、一歩後ろに踏んで待つ。

「刑事さん、また何があった」

 顔を顰めた男がドアを開ける瞬間、真琴はロボットを飛ばした。

「あんたに聞きたいことがある。入ってもいいか」

「男もナイフのことも知らんって言っただろ」

「ああ、だが今日は別の件だ。この男は見たことないか」


 その写真は、真琴が提供したもう一つの事件の被害者の顔写真である。

「ああ、最近時に見かけるな。だがこいつと話したこともないからなんて聞かれても知らない」

「時に見かける? どこでだ」

「外で。この町も大きいと言えばそうでもないからな」

「なら他の人も言えることだろう。何故この男だと分かるんだ?」

「こいつな……、なんか狂気を感じるんだ。それに臭うから」

「……彼が、あんたのとこの従業員を襲ったことも、あんたは知らないのか」

「なっ……、知らん」


 見坂は彼を睨み付けて、もう一枚の写真を見せる。それは純一の写真だ。

「彼はどうだ」

「ああ、知ってるな。時々小遣い稼ぎに来た高校生だろう」

「じゃあ彼女は?」

 三枚目は少女――薫の写真だ。

「む……、見たことない」

「本当か? よく考えてくれ」

「……いや、すまないが覚えがない」

「そうか」


 見坂は振り返り真琴を見る。真琴はスマホの画面に視線を落とし、“Completeコンプリート”の文字が表示される画面を見ると、見坂にこくりと頷く。

「まだ何かあるか」

「いや、は終わった。邪魔したな。また来る」

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