1-㉖

 なんか、真っ白だ。

 そうか、もう死んだのか。謎を解こうとした時に一歩遅れて狼狽して死ぬのは流石にカッコ悪すぎる。

『かけるさん! 気が付きましたか』

 ――なんで犬井の幻覚を聞こえるんだろう。

『幻覚ではありません。しっかりしてください、ここは病院です』


 目玉を動かしてみる。問題ない。そして真っ白な箇所――天井だけではなく、別のものも見えた――カーテンと照明と……少女。

 ハッとしてかけるは身体を起こした。

「犬井? 何が起こった! なんで俺はここにいるんだ……」

 と言うと、横の椅子に腰を掛けている三夏の表情がはっきり見える。彼女の瞼はやや赤くて、涙を流した証だ。

「なん、だよ……」


『死ぬのかと、思いました』

「……なんでお前が泣くんだよ」

『バカなんですね』

「うるさいな」

 三夏は彼の顔を見るが、かけるは彼女に合わせんばかりに横を向ける。涙を飲んで、スマホに入力する。

『もう私から離れないで』


「……いいところで悪いが、失礼するぞ」

「見坂さん」

 ごしごしと全力で涙を拭く三夏に対し、かけるは手をポケットに入れたまま歩み寄ってくる男を呼んだ。

「取り敢えず説明してもらえませんか」

「ああ、そうだな」




 見坂はぶつかった音が聞こえて異状を察し、電話でかけるの名を呼んだが、通話中のまま二度と返事がなかったことに、かけるに何かあったと確信した。通話をあえて切らずに、真琴に携帯の場所を特定してもらった。またかけるが攫われた直後の録音が携帯に残り、それを手掛かりとして彼の居場所――五百メートル以内の、廃棄された神社の地下に辿り着いた。


「なんか爆発音が聞こえたんですけど……」

「ああ、それはな……」

 彼はチラッと三夏の方を見る。彼女は耳元まで赤く染まり、顔を下に向いた。


「お前なぁ、桑下家に行くんだったらちゃんと報告しろ!」

「すみません」とかけるは今回ばかり素直に謝った。

「そこまで追われると思いませんでした。ところで奴は? 捕まえましたか?」

「それが……、すまん、逃した。奴は一人じゃないようだ」

「知ってます。まあそれよりも開口薫のことです」


「それよりってお前……、なんだ?」

「もうちょっと彼女の周りを探ってみてくださいね。俺はどうせ入院するから無理ですし、任せました」

「任せましたって……、なんで急に彼女に興味を持ったんだ?」

「彼女は“異常者”ですから」


 彼は純一と会った時に交わした会話を述べた。見坂はうむと頷いた。

「分かった、行くぞ、三夏」

『しかし……』と彼女はチラッとかけるを覗き見る。

「安静に休ませてやれ」

『分かりました』

 三夏はかけるに一瞥すると、見坂の後を続いて病室を出る。誰にも聞かれないように彼は彼女に言う。


「いいか、三夏。絶対に気付かれるなよ」

 三夏は頷いた。

『見坂さん達は、大丈夫でしょうか』

「大丈夫だ。真琴の能力はなんとかかけるの分をカバーできる。お前はしたいことをすれば良い」

 少し躊躇うと文字を画面に打ち込む。

『ありがとうございます。見坂さんは私が必要な時に、すぐお知らせください』

「心配するな。行け」


 少女を見送ると見坂はポケットに締まっている煙草のことを思い出す。ああ、これからは忙しくなるな。

 コツ、と背後に足音がするので見坂は振り返った。すると、知らない少女がそこに佇んでいる。

 あの、と少女は先に言った。「ここは椿原さんの病室……、507室ですか?」

「君は?」

「あ……、えと……、私……、友達というか、幼馴染というか……」


 見坂は顔を顰めた。この子、見たことないぞ。

 かけるがまだ追っ手に狙われているかもしれない今、面識のない人間と会わせない方が吉だ。

「名前は?」

「は、はい……、二ノ宮、未音です……。ちょうど父がここに働いてて、かけるのことを聞いて……、その、あの……」

 二ノ宮、どっかで聞いたことあるような……。


「すみません、あなたは……?」

「ああ、私はかけるの保護者だ」

「今、彼に会えますか……?」

「……付いて来い」

 付いて来い、と言ったが見坂は彼女と。怪しいところはないかと監視するためである。


 コンコン、と病室の引き戸を叩く。

「おーい、かける、客だぞ」

「え? 見坂さん……」とかけるは横の少女を見ると、思わず眉根を寄せる。「二ノ宮……?」

「知り合いか」

「まあ……知らないことはないです」


 皮肉めいた言葉で未音は凍り付いた。ついさっきまで疑っていた相手だが、見坂は彼女を同情してしまう。――だが、かけるが誰かに冷たく対応するのは、初めて見たのかもしれない。

「見坂さんは帰ってくださいよ、仕事が残ってるでしょ」

「ああ、そうだな」

 チラッと落ち込む少女を見る。申し訳ないと思うが、ここは自分が立ち入ることではない。

 踵を返して、見坂はその場を去った。


「で、なんでここにいるんだよ……」とかけるはやや不機嫌な口調で聞く。

「父さんが病院で働いてるの知ってるでしょ? それで運ばれてきた少年がかけるだって連絡してくれたんだ」

「そうか」

「うん……、大丈夫? じゅ、重体だったみたいで……」

「ああ、たぶん今起きたのは奇跡だろうな」と言いながら未音と目を合わせようとせずに、三夏が椅子に残してくれた鞄に手を伸ばす。未音は彼より素早くそれを取り、彼に渡す。悪い、とだけを言って、中身を確認する。


「ねえ……、鍵、まだ持ってる?」

「ん」

「……ごめんね、いきなり……」

「……ん」

「やっぱり混乱してたよね?」

「別に」

 ――混乱は、していた。

「でも、ううん。もう遅いから……、かけるはもっと休んだ方がいいよ」

「ん」

 未音は立ち上った。「おやすみ」

「ん」


 依然として目を合わせてくれない彼を見て、八年も心に溜まっている想いが溢れ出すように、涙が零れそうだ。

「私、またお見舞いに来てもいい?」

 返答なし。何秒経っても彼はまるで聞こえないように、一つの反応もくれずにいた。未音はお大事にと呟いて立ち去ろうと、思った時だ。

「……好きにしてくれ」

 ずっと待っていた声を聞けて、未音はぱっと明るくなった。

「じゃあ、また明日だねっ」

 嬉々とした彼女の背中を眺めて、かけるは仰天した。


 ……明日も来るのかよ……。

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