1-㉕

 桑下家を後にしたかけるは夕日の色に染まった帰り道で携帯を耳に当てる。

『かけるか。何かあったか』

 ふう、とこちらまで聞こえる、何かを吹き出した音。

「うっわ、通話で煙草やめてくださいよ。こっちまで臭いそうで臭いですから」

『お前がこのタイミングで電話かけてきたからだろ! ……早く用事を言ってくれ』

「はいはい。それがですね、開口薫のことなんですが……」


 突如世界は闇に包まれる。一瞬、またフォグの仕業ではないかと思ったのだが、後頭部に激痛が走り、漸く自分がに襲われたと気付く。

 今回こそ、自分に怨みを持つ人の復讐か。

 笑えてくる。

 意識が遠のいて、耳に残るのは電話の中の声――。

『おい、かける、どうした!』




 ぬるっ。

 指が何か濡れたものを触ったと感じ、かけるは目を開ける。

 白く四角い部屋に照明はないが、当たり前のように明かりが点いている。一箇所から発したものではなく、隅々まで平均的に光を与えている。それ以外何もない部屋――いや、密室と言った方が相応しいだろう。


 そして自分は床に倒れている。誘拐かと思ったが手は縛られてないので確かめてみたが、指紋が鮮やかに見えるほどの赤――血だった。

 そういえば、自分の頭は殴られて気絶したな、頭が痛んでかけるは思い出した。


『おっはよう』

 どこからマイクを通って伝わった声。スコースコーとマスクを被って呼吸する音も伴っていることに、かけるは疑問を持った。

『さて、何故自分はここにいるのか、我々の目的は何なのか、君も興味を持っているのだろうね』

「いや、全然興味がない。どうせ、殺すだろ?」

『グサァ! もっと興味を示してみておくれよ! エンタメだぞ!』


「殺すんだったらお前に興味がない。残念ながら命乞いもしない。……だが、お前の後ろのやつに少々興味があるな」

『ふあー! 流石椿原かける君。只者じゃないね』

「くだらん話はよせ。お前は誰に命令されてやってんだ?」

『ブーッ、教えるわけなかろう。自分の立場を認識することだね』


 あっさりと殺してくれない相手の目的が見えない。とかけるは考えながら立ち上がった。手も足も縛ってないってことは、自分がこの密室ここから逃げられないと思ってるからか。……余裕があるやつだな。

 頭は未だに痛んでいる。出血量も予想したより多く、視界が霞んだ。

 既にしたから縛る必要はない……と言うことか。


『命乞いしないのはちょっと残念だが……次に行こう』

 クソ野郎。

『椿原かける君に、この部屋の仕組みを説明するタイム!』

「は?」

 部屋の仕組みを? 自分でこの部屋を作った俺すげええと言いたいのか?

『まあ焦るな。この部屋は見ての通り、壁とどこかに埋め込んだ爆弾がある。大丈夫大丈夫、爆弾と言っても広範囲のあれじゃないから。これを見つけたらこの部屋から脱出できるかもしれない!』


 見ての通りじゃねぇよ。見れないから見つけ出せということだろう。というか、爆弾とはなんだ。テロリストか。テロリストに目を付けられるほどの人間ではないはずだが。

『でもかける君の行動は自由だから、これじゃアンフェアだよな! だからもう一つの制限を設けてもらったぞ――じゃじゃじゃーん、窒素です』


 こんこん、とかけるは壁を叩いてみた。硬い。コンクリートだろうと推測する。

『っておーい! 今大事なところだぞ! 聞け!』

「知らねえよ。お前は毒ガスを使わないとしてもいずれ密室の酸素が切れて死ぬんだからな。窒素とかバカの真似だ」

『もっと早く空気を奪うためだぞ! ぷんぷん!』

「気持ち悪いから死ね」


 かけるは溜め息を吐き、額を押さえる。こいつの態度もだが、頭の痛みもあってイライラが止まらない。これはなんだろう。常識を使えばこいつがを用いてないことは明白だ。ならば“爆弾”を見つけ出すことも然程難しくはないだろう。

 一刻も早くここを出て、奴を拷問しよう。


 そのために今は集中しよう。

 そもそも爆弾は爆弾じゃないかもしれない。

「爆弾は結局罠だろ?」

『さ、さあ、どうだろうね』

 間抜けが。


 こいつの主要な目的は“殺す”ではない。こんなつまらない題を出すまでして、死で脅かそうとするのは殺人目的ならばはっきり言って異常だ。

 つまり今、可能性は限りなく高い。そして、今回の相手も予想していた怨みを持つやつの復讐ではない。

 だったら、解いてやればいい。楽しい拷問タイムはその後だ。


 実に簡単だ。こいつが何かを媒介としてこちらに声を発送した。それを見つければいい。そもそも、ここまで自分の身体を運び込まれる“入口”というところがあるだろう。

 見回してみると、やはりドアの隙間らしきものはない。

「なっ……」

 眩暈がする。

『はい、窒素投入しました! あと三十分、頑張ってね、かける君!』


「この……」

 三十分と言ったが、最初から出血量が多いと考えると、十分を持てるかどうかすら怪しい。

「殺人に躊躇はないんだな」

『ないな。というかかける君を殺せたらラッキーって思ってるからな。これも彼のために……』

 ――彼? いや、それは後回しだ。


 入口はどこにあるかは先だ。

 簡単なトリックだろう。すぐに見つけられたくないものは“意外と”感じさせる場所にあることは多い。“意外と”近くあるかもしれない。だが、真っ先に選択から除いてもいいのはだろう……。


 そしてやつの呼吸音は重い。マスクで窒息することはないだろう。ならば可能性が高いのは、周りの空気だ。三夏ほどの聴覚を持っていないから普通の呼吸音とどれくらいの差があるのか判断しにくいが、やつは場所にいるのは確かだ。それはどこか。

 上か、下だ。もし山のようなであれば、常識から考えれば自分の場所も山にいなければならない。だが目が覚めた時には息が苦しいと感じなかった。

 つまり、やつはにいるのか。


 下なら探る範囲も縮めた。とかけるは再度立ち上がろうとすると、光が消え目の前は真っ暗になる。

 ――待て、あと少しだ……! あと少しで、やつを地獄に落とせるというのに、ここではまだ倒れてはいけないんだ!

 そう思いつつ起こそうとするが、身体はまるで自分のものではないようで、指令を従ってくれない。視覚が奪われ、辛うじて聴覚がまだ働いて、奴の笑い声が聞こえる。

『ははは! 残念だったなかける君! かっこわるー! あははは、は……、え? ちょ、な、待てええ!』


 ドカン、と轟音がする同時に、かけるは意識を失った。

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