1-㉓

 ギリギリバレるも柿崎の部屋に潜入成功したかけると三夏は、“もう一つの現場にある‘鬼のお面’は柿崎のものである”ことを証明でき、二つの事件の繋がりを匂わせる。


 かけるは自分の席で頬杖を突いて、新たな情報に途方を暮れた。

 柿崎のお面を被って和紗を助けた少年は、見坂は高校生が有力だと言われ、学校で探してみろと命令された。

「スポーツボーイ、かぁ」

「なんだ、かける。お前は頭脳派から筋肉派に転職したいのか」


 相変わらず人を、特にかけるをからかうことを楽しんでいる伊織が笑いながら言った。伊織を無視してかけるは浩太に一瞥した。

 いや、ないか。この浩太ばかが殺人事件に巻き込まれるほどの頭を持っていない、とかけるは思った。


「かけるはうちの部に来る?」

 かけるの視線を感じたのか、浩太は聞いた。

「遠慮する」

「ええー、じゃあ入りたい部は決めたのか?」

「決めてねえ……」

 そもそも運動部に入部したいわけじゃない。なんて浩太に説明するために時間かかりそうだとかけるは諦めた。


「かけるは何がしたいんだ? 珍しく悩んでるようだな。身体作りは大変だろうけど頑張れよ」と伊織。

「いや、だから別に筋肉が欲しいわけじゃないって」とかけるは顔を窓に向けた。

「まあ、お前はよく難しく考えてるけどな、答えって意外と近いところにあるんだぜ?」

「……真面目にアドバイスをくれるとか、変なもんでも食べたのか?」

「ひでぇなおい」


 答えは近いところにある……。

 ――高校生、お面、パブ、夜、厨房……。そうだ、とかけるはふと思い付く。何故、高校生なのにあの時間帯であの場所にいるのか。つまり関係者の息子だとか。だが、誰が自分の子供、しかも高校にもなった子を仕事場に連れて行くのだ。お手伝い、か? ならば誰か――。

 もしかして。

 かけるは席を立った。




「一本ッ!」

 観客の拍手と応援の声の中で、かけるは腕を胸の前に組んで、道場の中心にいる勝者を観察する。相手も自分を気付いたようで、タオルを受け取るとこちらに歩み寄ってくる。

「流石ですね、見かけによらず強いんですね。……桑下


 相手――純一は汗を掻きながら笑顔で言う。

「はは、褒め言葉として受け取ってもらうよ」

「ちゃんと褒めてますよ」

「今日はどんな件で? か、薫が見つかり……見つかったのか?」

「それなんですね……」とかけるは威圧するような笑顔を見せる。「こちらは終わりましたか? たぶん、話は時間がかかると思いますけど」

 純一は背後を振り向き、自分が勝ったことはまるで嘘みたいに他人の試合で騒ぐ生徒達と部員達を見る。

「ちょっと待って」

「はいはい、ここで待ってますよー」


 制服に着替えて再度かけるの前に現れた純一に、行きましょうか、と誘って、二人は中庭に辿りベンチに座る。

「薫さんの件なんですけど……。桑下さん、バイトしてます?」

「え……、してませんが」

「説明が付かないんですよね。だって、『B町通り魔再来事件』の前の日は、被害者が最期にいた場所“Shalotteシャロッテ”にいたんですよね? 開口玲子さんに誘われたでしょ。何故教えてくれなかったんですか?」

 純一は目を瞠った。


「そ、それは、関係ないことですから、必要ないのでは?」

「まあ、あなたが知らないかもしれないから仕方ないとして。でも、あなたは一つ間違えました。あなたが使っていたお面は、もう一つの現場に落ちてましたから」

「ま、待ってくださいよ、話が見えないんですが……これはどこが薫と関係あるんですか?」

「桑下さんの家に行ってもいいですか?」

 純一は耳を疑った。

「……はい?」


*


 桑下の表札が見えるのは二階建ての和風の家だ。木造の屋根が時代を感じさせるが、目立つかと問われると恐らくノーと答えるのだろう。

 純一の後に続いて開錠されたドアをくぐると、現代だと感じ取れない内装が視界に広がる。玄関を上がると木製の床で敷かれた廊下は延々と反対の壁まで続き、両側はドアの代わりに襖がある。

 ただいま、と純一がそう言うと、左側の襖がしゃーと開けて、中年の女性が頭を出して彼に返す。


「純ちゃんおかえり……ってお客さん?」

 かけるは彼女を見ると頭を下げて愛想のいい笑顔を作る。

「お邪魔します」

「椿原かけるって言う学校の後輩だよ」と彼女に紹介するとかけるに言う。「こちらは母親で……だ」

 純一は敬語になりそうな語尾を消して、慌てて直った。


 かけるは玄関を見回す。

 彼の心には、純一が事件と事件の容疑者……まで行かなくても関わっていると疑っているようになった。もしかしたら彼の家で何かの手がかりを掴めるかもしれないと思ったが、母親がいることを完全に考慮していなく、重大なミスを犯してしまった。

 ならば、どうするか。純一的にも自分が家に行きたい理由に勘付いているのだろう。

 彼が何を隠そうとしたら部屋は何よりも行ってほしくない場所になるはずだ。少し不自然な言動をすれば――


「椿原は俺の部屋で待ってくれ。二階に上がって右の一番目だ」

「え? あ、分かりました」

 かけるは驚いた。まさか。純一からの挑戦状なのか。証拠があると思えば探してみろ、と。余程の自信がなければできない真似だ。

 いや、彼の人柄から考えると“槍”というよりも“盾”の方がしっくりくる。攻撃を仕掛けず、盾で攻撃を待ち構えるタイプである。


 階段を上りながらかけるは考えた。

 つまり、彼はものはないと言うことだろう。では、はあるのだろうか。

 行方不明になった開口薫は、彼のところによく来るようだ。髪一本でも、彼女のDNAを見つけるのは容易いことだ。




 母――桑下松子まつこは襖を潜り流し台に向かう純一に言う。

「純ちゃんがそんなに可愛い後輩を家に連れてくるなんて驚いたわ。薫ちゃん以外はうちに来たことないのに」

「……母さん、間違っても彼の前で『可愛い』なんて言わないでね。今頃でも男は可愛いという単語がアレルギーだから」

 彼はそう言いながら冷蔵庫からジュースを取り出してグラスに注ぐ。

「言わない言わない。で、どこで知り合ったの? なんでうちに来たの?」


 純一は密かにぐっと息を呑んだ。母は時に勘が良いのだから。時に玲子の手伝いとして小遣いをもらうことは松子にも知っているが、今回に限って経緯を話したらかけるの目的と正体も話さなければならない。

 ふと、後頭部に当てられた冷たい金属のことを思い出してぞっとした。


「純ちゃん?」

「いや、なんでもないよ。椿原はただの後輩だから、心配しないでくれ」

 ふーん、と彼女は鼻を鳴らした。

「だーれがあなたを育て上げたのかよく考えて欲しいわね。嘘がバレバレよ。あんた、さっきから一度も私の顔を見てないし、後輩に向けて丁寧に『彼』って呼ぶなんて」


 純一は黙り込んだ。

 ここまで賢かったら探偵にもなれるじゃないか、と彼は思った。

「もしかして、純ちゃんは後輩にイジメを受けてるの? 純ちゃんより強い子?」

 強いて言うならイジメではなく、脅しなんだが。

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