1-⑳

 現場に舞い戻ったかけるは三夏に経緯を説明した。


『では、もう一対の足跡をどう説明します?』

 うーん、とかけるは唸りながら蹲ってコンクリートを確かめる。

「不明の方が浩より後に来たのかな? なっ、浩」

 浩は首を傾げた。数秒間考えて曖昧に頷いた。

「そこは記憶が微妙かー」

 肯定的に頷いて落ち込むように俯く。

「まあ、ショックで記憶がぶっ飛んでも仕方がないな。だがこれも子供サイズの靴に見えるが……」


 浩より幅が広いと言ったものの、小学生の足は成長が早いため、五歳児と比べれば大きく見えて、また成長スピードも人それぞれであり、年齢を特定するのは困難だ。唯一言えるのは小学四年以上だろう。

 どんな冷血なやつであれば、殺人現場を見ても動揺しないのだろう。もし模倣犯であれば足跡を残すほど犯人はそこまで愚かではないはずだ。歩くパターンを見る限り、余程精神的に病んでいる人か。だが浩が目撃者と証明されてしまった今、。小学生と言えど、殺人行為に至る経緯、実際ここに起こったことを再現できるまで、誰もが容疑をかかっている。

 子供を舐めてはいけない。とかけるは自分に言い聞かせた。――先入観は禁じられている。


 しかし。これはデッドエンドだ。この靴を真琴に調べてもらうか、と考えてみたが、そもそもこの事件はである。ソールパターンなど捜査でよく使われるのだが、そういう膨大なデータベース頼りの仕事は、真琴がすることが多い。かけるにそんな知識を持っていない。

 つまり自分の力で犯人を捜すのはほぼ不可能か。

「すまんな……犬井。これからは自分でやるよ。見坂さんのところにまだ仕事残ってるだろうから戻ってくれ」


『いえ、戻りません』

 平淡な機械音で答える。

『昨日かけるさんが言いましたね。付き合ってくれって。なので最後まで付き合いますよ』

 かけるは頭を掻いた。「頑固だなぁ。いつ時代の人間だよ」

『嫌でも付いていきます』

「いや、それじゃ本末転倒だから……」

 かけるはつい次の案を思索する。


 かける、と幼い声が彼の名を呼んで、子供の笑い声が頭の中で反響する。この声は知っている。何故今そのが響くのか、かけるには不可解な現象である。目を瞑ればの顔が映す。

 かける、かける……。

 かけるのことは……。

 誰よりも好きだよ……。


『かけるさん?』

 ハッとして三夏と浩が心配そうに自分を見ている。きゃあきゃあと通りから子供のはしゃぐ声がして、その笑い声が幻覚ではなく現実にあると悟るまでに少々時間がかかった。

「ああ……、ちょっとぼーっとしてた」

 光ある場所をぼんやりと眺めると、テープの外にいる無邪気な子供達はこの中に何が起こったとも知らずに笑いながら走って通りかかった。

 ――そして、光にあってはならないものを。

 かけるは声を上げた。


「犬井ッ! さっきの子供を追え!」

 頼れるのは三夏の足だ。追うのは一人。

 足元に気をかけながら彼女の後を続けると彼女が男の子を捕まえて、彼の友達と思われる先程の子供達は騒いでいながら二人を囲んでいる。

「さすが、仕事が早いな」

 彼女の察しがいい。かける自分の言葉に疑問を持たずに従うのではなく、彼女も察しが付いたからだ。


 さて、とかけるは抗議する子供達の声を無視して、懸命に三夏の支配から逃げようとしている男の子に手を伸ばす。

「君が持ってるものを、返してもらえないか?」

 彼はかけるの話を聞いて、視線を手に落とす。彼の手が持っているのは、“じんけん”のメンバーが所持する鬼のお面だ。

 じっくりと見てみれば、その縁には不自然に付けられた“赤色”がある。


「いやだよっ、これおれが拾ったんだから、おれのもんだよ」

 かけるは満面の笑顔を見せる。

「ざんねーん、そいつは俺のもんだ。俺がそう言ったからそうだ」

「そ、そんなりくつ通じるかよ!」

「当たり前だ」

「お、おにだ!」

「はいはい鬼ですよーと。で、俺のお面はどこで拾ったんだ?」

「鬼に教えるもんか! ……くっ」

 かけるに抵抗し続けようとするのだが、威圧される。……彼を見下ろしている三夏に。


「そこだよ……」

 嫌々ながら前方を指した少年の指先を追うと、裏路地に差す影まで続けた。

「これでいいだろ、離せよ」と三夏に向けて吠えた。

「うん、お姉ちゃんにこのお面渡せばいいよ」

 子供に使う言葉とはいえ、彼に“お姉ちゃん”という呼び方にされた三夏は少々意外だった。片手に手袋を着用し、子供から“鬼のお面”を受け取る。




『ということで、見坂さんはこのお面の持ち主を探してください』

 電話をかけてきたかけるが言った。

「分かった。お前は何かプランがあるのか?」

『……特にないんですけど……、もうちょっとここに残されたものに拘ってみようと思いまして。朝霧さんの力が要るかもしれませんが、綾野の件を優先してください。こちらは、まだ繋がってると限らないですからね』

「分かった」

 スマホの画面に通話終了と表示され、見坂は土谷に言う。

「あまり大学ここから離れるなよ」


*


『どうするんです。まだ調べられることがあるんですか?』

「そうだな、この被害者の気配もないし。まあできないこともないと思う。目の前にあるものを『細部まで』、だ」

 かけるは彼女が慎重に指と指で挟む“鬼のお面”を指す。

「まずはこれからだな。これがこの辺で落ちてた……、いや、か。これさえ証明できれば綾野の件との繋がりも……」と、ぶつぶつと推理し始めた。


 三夏から受け取りお面の裏側の縁を確かめる。

 ブラウニーの毛のような不規則なパターンでも、凶器となるナイフから滴るパターンでも、飛沫で付けられたパターンでもなく、一部だけ表面が塗られているようだ。

 つまり、被害者の血で染まったと覗える。そして、犯人がそれを捨てた理由は……。


「自分の指紋が残ってしまうからか」

 いや、計画的な犯行ならばお面など付けて自分の行動を制限するようなことはするのだろうか。もし犯人がじんけんの中にいるとして、これも考慮したはず。だが、単純にミスっただけなのも有り得る。

「細部まで……。なあ、犬井。これはなんだと思う?」


 裏側を三夏に見せる。顎の部分でマジックペンで付けた棒のような記号は、豆よりも小さくてじっくり見ていなければ見逃してしまうのだろう。

『番号ですかね? 「1」とか。一人は何枚も持っているようですし』

 それではあまり意味がない。

『記号とか? 他人のと間違えて取られないように』

 そうかもしれない。だが素顔を晒せないミーティングでは、お面を剥がす機会はあるのだろうか。

「或いは」とかける。


「これはイニシャルだと思えばどうだろうな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます