1-⑱

 お茶でも飲もうか。


 背筋を伸ばして左手を眉間に翳して、真琴は見坂に報告を行う。

「隊長、ちょっと時間かかりましたが、現場に残ったスマートフォンの解析を完成しました。“アジト”で観られてはどうでしょうか」

「ああ、そうだな。そっちの方が安全だ」


 “アジト”は一見普通のマンションである場所を、見坂が秘密の場所に改造し、真琴にセキュリティを幾重も設置されている。個人を識別できるカードキーを始め、パスワード、指紋認証、顔認証、音声認証などを行う。普段は真琴がここに住み込み、必要なメンテナンスをする。

 そしてアジトにアクセスできるのは見坂は勿論の事、彼の元に働いている真琴、かけると三夏のみ。

 つまりこの場所は、彼ら以外に知らされてはいけない。

 まるで裏組織だ。

 それでも厭わない。

 目的の為なら。


 部屋の四面の壁をモニターで覆い尽くした。画面が点いているのは、たった一台、矩形の白が真琴の眼鏡に映す。キーボードを高いスピードで打ち、瞬時に幾つかのウィンドウがスクリーンに現れた。

「アプリのプログラムです。綾野が入力していたデータも保存してます」

「アンインストールしたアプリも見れるか」

「見れます」

「SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)のアプリから。テキスト、通話の内容の全部を確認してくれ」

「こう言うのだろうと思いまして、もうしましたよ」

「中にじんけんらしいやついるか」


 ええ、予想外であるが真琴がそう応じるとまたキーボードを打つ。パッとウィンドウが他を排除して先頭に現れた。

「これは……、確かに動機になり得る会話だな」


*


 がやがやと学生食堂は今日もいつと変わらず賑やかである。男は香ばしい飯を味わいながらテーブルを囲む友人と談笑している。そんな中、大学生に相応しくないスーツ姿の男が近付いても、即座に気付けることもできなかった。

土谷つちや恵二けいじ……通称“ケー”」とスーツ男――見坂。「違わないだろうな?」


 一瞬表情がフリーズしたが、すぐに笑顔で答える。

「すみません、どなたか存じ上げませんが、何を言っているのかよく分からないです」

「私もそう思った」と見坂は同意した。「……『鬼のお面』」

 男、いや、土谷は立ち上がり、顔が青ざめた。


「おい、土谷、大丈夫か? 鬼のお面ってなんだ?」と友人が聞く。

「大丈夫だ。ちょっと話があるから、お前らと後で連絡する」

「……ふむ、いい判断だ」

 見坂は彼にそう言うと踵を返して、彼に一瞥もくれずに大股で食堂を出る。




「つまりだ、私はこういう人間だ」と手帳を見せる。「君に“ティー”のことを聞きたい」

 T――綾野達也のイニシャルから取る、彼がじんけんのコードネームになる。

 土谷は何かを言いたげな顔を横目で捉え、見坂は続ける。

「当然、君が『人体研究同好会』のメンバーであることは調査済だ。寮に隠してる鬼のお面もな。さて、幾つかの質問があるんだが。君はTと仲が良いのか?」

「いえ、そういうわけでも……」

「メンバーの中では君とだけチャットアプリと話していると見受けられているが」

「話して面白そうな人だなって……、サイト以外で話しないかって誘ってみました」


「お面は? 寮にあるのは一枚だけじゃなかったな。五枚くらいか、何故だ?」

「ああ、それはお互いを認識できないためです。ミーティングの時はお面を被って、相手の顔が分からないように会話するんです。ずっと同じお面だと誰だと特定できてしまうので、一人は何枚持つようになってます」

「君達はコードネームで呼び合っているだろう」

「ネットだけですよ。実際会えばただ会話するだけで」

「つまり現実で会っても、君には誰がTなのか分からないわけだ」

「そういうことです」

「じゃないだろ」

 きっぱりと否定する見坂の言葉に、土谷は身体を震わせた。


「さっきも言ったが、君達だけがのを知ってる。それに最初から私は『T』のことについて聞きたいと言った。、君は彼のことに関心を持っていないことだ

「そしてそのトークでは、最後の会話はとても楽しくなかったように見えるが……、いや、喧嘩してたな」


 土谷は黙り込んだ。

 メンバーの顔と本名を知らずに活動するのが“じんけん”の決まりで、このことは真琴がサイトを見つけた時に既に確認した件だ。偶然にサイトで知り合ったTとKは、決まりを背いて抜け出して、チャットアプリでトークルームを作った。お互いのことをコードネームで呼ぶままであるが、世間に対する忌憚のない批判なども目にする。

 それだけではなく、意気投合した二人はミーティングで会う時は二人だけが知るサインを決めて、お面を被っていながら互いのことを知っていることを示唆しさする。

 トークの内容が険悪になったのは、先週の会話がきっかけだ。本名を教え合うと切り出したTの提案を拒否した土谷。理由はルールをもう破りたくないという。ここまでやっていてルールなんて気にするなと返してきたTに苛立ちを覚え、口喧嘩まで発展したという。


Shalotteシャロッテで最後のミーティングはTの死体が発見される二日前だ……」

 いや、待てよ。

「え? し、死体……?」

「ああ、T――綾野達也は殺されたんだ」

「おっ、俺知りませんよ!」

「ミーティング当日は何か変なことなかったか?」

 可笑しい。どこかが。どこかが噛み合っていなくて、痒いところを掻けない感じだ。

「いえ、特に何も……、強いて言うならTと話してないところですが……」


 しかし土谷の言葉はもう見坂に届けない。

 どこか、どこだ……。彼は記憶を探る。柿崎樹、店長、開口玲子、開口薫、桑下純一、森下和紗、今川皆実、花畑咲、植田江実。一体、どこが突破口になるんだ?


「あのー、ケイタイ鳴ってますよ」

「あ、ああ、すまない。ちょっと失礼する……」

 見坂は着信画面を見る。珍しいことに、そこには“かける”と表示されている。

「なんだ、Y大でメンバーと話しているんだ」

『み、見坂さん』

 彼の口調に違和感を覚えた見坂は、なんだ、ともう一度聞く。

「落ち着け、何があった?」

 ふう、とかけるが空気を吐くのが聞こえ、彼は一文字、一文字ずつ言う。


『お面です……』

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