1-⑯

 “昨日学校で頼まれた町で起こったやばい事件なんだけど、もう少し調べてみたらこれが出てきたぞ。読んでみてくれ”

 その一行の文字の下に貼り付けの記事タイトルと内容で続ける。


 “通り魔再来か、裏路地で発見された死体”

 “昨日――日に身元が不明の死体が発見されました。死因は失血死だそうで、先月ネットで話題になった、真実が闇に送られたB町通り魔連続殺人事件は今回の犠牲者と共通点があって、野良猫の事件に続いて模倣犯の仕業ではないかと、再びネットで議論が飛び交う……”


『どうしましたか?』

「お前もこれ見てくれ……おかしいと思わないか」

 三夏は彼の携帯の中を見るが、彼が言う“おかしなところ”を見つけ出せずに首を傾げてしまう。

「日付だ……」


 彼が言うと三夏はハッとした。

「これ綾野が発見された日の二日前だな」とかけるは携帯を持つ手を降ろして、三夏を見る。

「……なあ、これと綾野の件は繋がっていると思うか?」

 三夏はかけると目が合う。彼の頬を右手で優しく撫でてながら頷く。

『これを探し出すことが私達の仕事ではありませんか』

「……うん」

『まず見坂さん達に教えましょう。この件は恐らく見坂さんが担当する事件ではないのですが、まだ現場を保存されているのかもしれません。行ってみましょう』


*


 隅々まで純白なイメージカラーを与えられる病院の一般病室で、一人の女性は病床で開けっ放しにされている窓から外を眺めている。

 コンコン、と開けられているはずのドアを潜らずに叩いた音がするので、女性の視線は窓から離れてドアの方に落とす。

「植田、江実」

 そこにいるのは見坂だった。

「刑事さん!」

 齢がたった二十代過ぎに見えないほど頬が痩せて憔悴した顔であるが、彼を見るとぱっと明るくなった。

「こないだお世話になりました」と江実は頭を下げる。


「大したことない。身体の方はどうだ?」

「はい、お陰様でだいぶよくなりました。ただ……」

「どうした?」

 見坂は江実の隣にある椅子に腰を掛ける。彼女の様子を窺いながら続きを待つ。

「やっぱり、達也のことが忘れられません」

「そうだな、時間はかかるだろうな」

「そう、ですよね」と江実は静かに涙を流した。無理して笑いながら涙を手の甲で拭くが、それを止められるどころかかえってぽろぽろと零れ落ちる。


「……あんた、もしかして綾野の子がいるのか」

 えっ、と彼女は涙を拭くことも忘れて見坂を見る。「何故それを……」

 見坂は答えずに彼女を見つめる。江実は俯いて腹部を撫でる。

「そうですね。でも危ないみたいです……私のせいで生存率は低いそうです。もし私がもっと強ければ……」

「あんたのせいではない」

 江実は顔を上げて彼に弱々しい笑顔を作る。

「ありがとうございます、刑事さん」


「単刀直入に聞くが……、いいか?」と見坂はこの状態の彼女に“単刀直入”は少々横暴すぎるのかと少し躊躇して疑問に変えた。

「はい、どうぞ」

「……綾野に他の女がいることを知っているか」

 少し考えてみたが、この質問を婉曲的に聞くのは到底無理だ。彼の予想外のことに、彼女はあっさりと答える。

「ええ、知っています。というか知らされました」

「何……? 綾野自身からこのことを教えたのか?」

「はい」


 理解に苦しむ。もし、仮にもし彼の本物の彼女が江実だとしたら、浮気は罪悪感に責められて隠したがるはずだ。なのに自ら彼女に教えたのだと……?

「怒らないのか?」

「何故です? 誠実のある男だと思いませんか?」

 なるほど、そういう見方もあるんだな、非現実的な答えではあるが、彼女のような思考を持っている人もいるという、十人十色って言うものだ。


「綾野が他の女と関係を持ったとしてもか?」

「……それは有り得ません」

「何故それを断言できるんだ?」

「何年も付き合う仲ですから、分かります」

「花畑咲」

「え?」

「……は綾野と関係を持った女性だ。知っているか」

 見坂は江実を観察する。彼女は驚いた顔で彼を見返す。

「花畑さん……、達也とデートしたことがあるくらいは……」

「いや、それ以上だ」

 彼女は震えながら頭を振った。

「さ、誘われたんですよ、きっと……」


「綾野のことをもっと教えてくれないか」と見坂は緩んだ口調で聞く。ゆっくりと彼女は頷いた。

「私の大学で……つまり彼と同じというか、彼は私のためにこの大学を選んだ感じです。彼がまだ高校生の頃に私達はそこで会ったんです」


 彼は友達が多かった。

 彼の周りは女の子も多かった。

 彼はいつでも笑っている。

 気付いたらそこらの子達みたいに目が彼を追っている。

「付き合えたことは何かの間違いだと思ってました。でもこれは手放す理由にはなりませんよね?」


「逆にもし彼があんたを離れようとしたら、動機になると思うな」

「有り得ませんって。愛し合ってます……、ましたから」と彼女は俯いた。

「……綾野に殺意を持っている、もしくは持っていた人間の心当たりは?」

「さあ……、私が知りたいくらいですよ」と彼女は顔を上げて弱々しいが毒々しい笑みが浮かべる。


 ならば、と見坂が言う。「この少女は知っているか」

 彼は薫の写真を見せた。彼女がこの事件に関わる可能性はまだ高い。

 江実は生気のない目を丸くなった。

「いえ、知りません。誰ですか、彼女が犯人ですか?」


 彼女が問いかけてきたが、見坂は答えずに言う。

「人体研究同好会は? 一度でも耳にしたことないか?」

「えっ……、あ、いえ……」と彼女は頬は少しだけ赤くなった。

「つまり“Shalotte”という店も知らないんだな?」

「シャロッテ……? 知ってますよ。一緒に行ったわけではありませんが、達也が行ってたことを教えてくれました」


 彼女はミーティングの場所を知っていながらミーティング自体は知らない。さてと“じんけん”のメンバー達とお茶でも飲もうか。

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