1-⑬

 萌子が述べた“汚れた”は“血まみれ”という意味ではなく、“泥まみれ”の意味だった。


「なあ、伊織」

 かけるの席の周りで遠慮をせずに浩太と騒ぐ伊織は呼ばれて、彼を見て笑顔が消えた。

「え、クールなかけるさんに呼ばれた?」

「死にたいのか?」

「おっと、冗談だぜ。なんでしょうか、かける様?」


 かけるは口角が上げているのを隠し切れずにいる伊織を睨み付ける。

「ちょっとここ一週間のニュース見せてくれ。地域的なやつがいい」

「はいはい、具体的には何をお求めですか?」

「この町で起こったこと全部だ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


「その話し方やめろ。気持ち悪い」

「容赦ねー!」と浩太は後ろの席でけらけらと笑う。

「……おお、なんだこれ。『通り魔再来か……猫達の死体』、都市伝説の模倣犯かな」

「なーんだ、一瞬B町のやつかと思ったら、ターゲットが野良猫だったら模倣も名乗れねえよ」と浩太。

「ちょっとスマホ貸してくれ」

「はい、かける様の意のままに」

「……首絞めてやろうか?」


 かけるは伊織のスマホを受け取りスクリーンを見る。

 モザイクで隠しているが、赤色や黒色のパネルが野良猫の身体に貼られていることで犯人の非道さを体現している。ギャラリーを確認するが、どれも似たようなものばかりだ。

「伊織、このギャラリーの画像を全部メールで送ってくれないか」

「お、かけるの中で何か覚醒したのか」と浩太。

「黙れ、バカ」

「でも全部が欲しいって、どうしたんだよ、かける」と伊織はスマホを取り戻して画面を操作しながら聞く。


 かけるは黙り込んだ。ブラウニーに残された証拠は不十分だ。実に言うと、この事件は彼の仕事でもなく、ただの好奇心に過ぎない。だが謎が残されたまま止めてしまうと後味が悪いから、気付いたらここまで追っているのだと。たとえ事件でなければはっきりした答えが欲しい。

 そんな理由でかけるは執着した。男の子の幽霊と純一の関係はまだ不明なままというのに。


*


『かけるさん!』

 伊織に送られた画像を一枚ずつ確認しながら学校を出るかけるの前に、三夏が立ちすくむ。

『昨日酷すぎませんか!』

「なんのことだ?」とかけるは顔を上げようとせず、足も止めようとしない。

『ご友人の前で全然喋れなかったんですよ!』


「スマホがあるじゃん」

『スマホで喋るのは正常じゃないですからね!』

 自覚があるんだ、と素で驚いたような顔で三夏を見る。

『なんですか、その顔! 知ってるくせに』

 むっとした顔で三夏はかけるを睨み付ける。

 ……そう、かけるには知っている。彼は一度も彼女の存在を否定しようとすることはない。彼女が、自分を受け入れてくれたように――。


 突然に携帯が鳴り出した。

「はい、なんですか、見坂さん」

『お前は学校にいるな? 三夏もいるな? 迎えに行くぞ。そこから動くな』

「いきなりなんですか……」

『後で説明する』

 彼がそう言うと電話を切った。かけるは携帯の“通信終了”の文字と睨み合い、頭の中は混乱した。

『どうしましたか?』

「……見坂さんが、ここで待てって」




 見慣れた色の塗料で塗り潰されている車が止まった。窓が開けて見坂の顔が現れる。

「お前ら、早く乗れ」

 文句は後だ、と見坂が凶悪そうな面でかけるをじろりと見る。かけるはむっと口を尖らせるが言われた通りにした。三夏と後部座席に乗り込むと助手席にいる真琴に気付く。

「あれぇ、どうしたんですか、全員で行く感じ? 大事ですか」

「ああ……、実はな、真琴」

 見坂に呼ばれて真琴は畏まっていて、はいと返事した。ゴホン、と咳を払い彼女は語り始める。


「Y大の人体研究同好会についてね。非公式だけではなくてメンバーまで非公開で調べるには少々時間かかったわ、でも」

 彼女はタブレットを膝の上で操作して、二人に画面を見せる。

「メンバーらしき生徒がアクセスしているサイトの履歴を侵入ハッキングしてみたら、こんなページ見つけたわ。裏でサイトまで運営しているとはね。主にメンバー連絡用らしいけど」


「うっわ、立派な犯罪者ですね、朝霧さんは」

「そこ、引くんじゃない! 私がいなければここまで来れなかったわよ!」

「だそうですよ、見坂さん」

「ちょ……」

「ガキかお前らは! 仕事が先だ!」


「も、申し訳ありません……」

 真琴は謝るとかけるを睨むが、かけるはべーっと舌を出して子供みたいな顔を作る。

「で、今はその人体なんちゃらのメンバーに会いに行くんですか?」

「いや、ちょっと違うな。……今向かっているのは、奴らがミーティングしているパブだ」


*


 “Shalotteシャロッテ”と書かれている看板のライトは消されたが、それを見ると夜のネオンが光っているところを想像してしまう。硝子窓の中は暗く入口も“CLOSE”と書かれてある。辛うじてカウンターの後ろに黒い髭が生えている男が見え、彼はグラスを拭いている。

 見坂はこんこん、とドアを叩いた。

 男はこちらを見て頭を振る。仕方なく見坂は手帳を見せた。男は眉毛を寄せてグラスをカウンターに置き、手をズボンで拭きながら歩み寄ってくる。


「なんだい、刑事さん」

「あんたはこの店の責任者か」

「ああ、俺の店だが」

 見坂は真琴が撮った綾野の写真を見せる。

「この男知っているか」

 男は眉間の皺を深める。写真から顔を逸らして、知らん、と答えた。


「おっかしいな。彼はここの常連客のはずだ」

「ここに来る客は多すぎる。その中の一人かもしれないが覚えてなくても別に変ったことじゃないだろう。この男がどうしたんだ?」

「ご覧の通り、亡くなった」

 男は黙り込んだ。見坂は質問し続ける。

「人体研究同好会……聞いたことないのか」


 ほんの一瞬だが、男の顔の筋肉はぴくっとした。知らん、と彼は言い続けた。見坂は鸚鵡のように言う。

「おっかしいな。ミーティングはここだと聞いたのに?」

 責任者さん、と真琴が言う。「もし誰かを庇っていたり、証拠を隠していたりしたらあなたは関わっていると言ってるのと同じですよ」

「俺は関係ない。この男知らない」

「まあ、あんたはこの男のことを知らないとして。開口玲子は? ピンときたか?」


 玲子は、持ち掛けているバイトの一つがここだ。それを知っているから、彼ら見坂たちはここを選んだ。

 問題は、綾野はここを通っているのに、責任者も従業員である玲子も彼を知らないという。どちらが嘘を吐いているのだろうか。


「入ってもいいか?」

 男は難しい顔をするがドアに下がって四人を入れた。

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