1-⑩

 昼休みのチャイムが響き渡り、生徒達の食欲を誘おうとしている。

 かけるは席を立つ。


「どこ行くんだよ、飯食べないのか」と浩太の声が背後から聞こえるので、身体の向きを変え横目で彼を見る。ハッと悟ったように浩太は瞠った。

「もしかして、可愛い姉さんと……」

「バカか。トイレだ」


 かけるは浩太に吐き捨てるとすたすたと教室を出る。彼はトイレの反対側を向かい二年の教室がある三階を目指して階段を上る。自分達一年の教室は二階にあるものの、三年は四階まで上らなければならない。先輩の方々は大変だな、と手を合わせていたことを覚えている。


 ルールに従って“彼”の個人資料はメモってあるから、探すのは困難なことではないのだ。

 賑やかな二年の廊下を渡っても、誰もこちらに気をかけることはない。かえって容易に目的地に辿り着けた。


「すみません、桑下いますか?」

 ランダムに一人の男子生徒に声をかけた。彼は怪訝そうにかけるを見る。

「君一年? 珍しいな。おーい、桑下、お前の客だぞ」


 彼が呼ぶと、教室の中から応答する声が聞こえ、純一はこちらに向かって歩いてくる。彼はかけるを見ると表情が一変した。

、時間ありますか?」

「は……、ああ、あるよ」

 はい、と答えようとしたが、先程の男子生徒にじーっと見られているので、口調を変えた。

「では、場所を変えましょう」




 生徒達は中庭よりも屋上が好んでいるようだ。校舎を出ると騒ぎ声は遠のいていき、代わりに鳥の鳴き声が大きくなる。

 かけるは日影のあるベンチを純一に勧めると自分も座った。

「何か掴んだんですか?」

「実はですね」


 かけるは前を向いて微笑む。顔の向きを変えて純一の方向を見る。

「……それもありますけど、呼び出したのは忠告するためです」

「忠告ですか」純一は首を傾げる。


「そうです。実を言いますと、昨日朝、学校に行く時間にも関わらず、桑下さんが現れたのは予想外でした」

 それもこっちのセリフだ、と純一はその質問を呑み、かけるの言葉の真意を汲み取ろうとする。

「もしそうでなければ俺達は今でもお互いのことを知らず、赤の他人のはずです」

 純一は顔を顰める。彼は一体何を言いたいのだ。

「つ、ま、り。単刀直入に言うとこうなります。……俺のことを人に喋ったら終わりなんです」


 風が吹く。“終わり”、純一はこの言葉の意味を聞こうとすると、冷たく硬いものが後頭部に当てられていることに、俄然背筋に寒気が伝わり、全身の鳥肌が立つ。

「学校では先輩でお願いしますね」とかけるは仮面のような笑顔を見せる。

 頬に冷や汗が流れ、純一は頷く他なかった。


 純一を校舎に戻るまで見送ると三夏は姿を現した。

『一般人を脅すなんて、かけるさんはただの悪役じゃないですか』

「そんなこと言って、犬井も付き合ってくれただろ? 殺意の演技最高だったぞ、女優目指したら?」

 三夏は画面を打つが、指が止まっても声は流れてこない。彼女は入力欄を見る。


 「もしまだ私が必要としていれば」――

 高速でバックを連打して、内容を打ち直す。

『話戻りますが、彼を脅しただけのためにここに連れてきたんですか』

「いや……、元々もっと話してみたかったけど、怪しまれるからやめた。幸いなことに、収穫が全くないというわけではない」

 かけるは宙に向けて言う。「お前がいるからだ。ありがとうな」

 三夏は目を細めるが、誰も見えていない。彼が声をかけているのは、彼女が霊――部屋の外で出会った子供の幽霊だ。


*


 朝は学校に着けると三夏に昼頃は戻ってくるように、中庭で待機してくれと頼んだ後、少年にも同じようなことを言った。そして少年は、日影のあるベンチを選んで、かけるを待っていた。

 死亡した日が遠くなく自分が人間でなくなったことに時々忘れてしまうこともあり、ベンチに座ろうとしたらすり抜けてしまったり、日当たりのいいところの土が熱いだろうと心配したりしていながら、退屈な四時間を過ごした。


 漸く足音がして、その音の持ち主はかけるだと顔を見れば分かることであるが、彼の隣にもう一人がいた。彼らに近付き、ベンチまで添っていると、隣の男の顔をはっきり見えた。


 ――何か掴んだんですか?

 少年はかけるに話しように口を開けるが、全身は凍ったように動かそうとしても動いてくれない。

 とくんとくん、と心臓音が聞こえる。死んでしまった自分の心臓が働いているはずもなく――それは、の音が甦ったのだ。人生たった五年の中で初めて“恐怖”を体感し、たった五年の中で最後の体験になる。

 身体が、冷たく感じる。


 ――実はですね……

 かけるはやっとこちらを見てくれた。そして彼は微笑んだ。

 なんで? 少年には分からない。


*


 かけるは三夏に経緯を話した。

『昨日話していた相手は彼でしたね』

 ん、とかけるは認めた。彼は三夏が椿原家に着く時に二階で誰かと話してた内容も彼女に白状した。その内容は、彼は少年の犯人を捜すための計画のことだ。


『桑下さんは大人しそうなのに、あの子を殺した犯人ですか?』

「人の見た目で判断しないことだな。だが今は結論を付けるのはまだ早いぞ。こいつは怖がっているが、恐怖には様々な種類があるんだ。確かに犯人が桑下さんの確率は高いが……、証拠を揃って証明できるまで決めつけるのはダメだぞ」


 三夏が頷くの見て、満足そうに笑顔を作るが、ぐうう、と空腹感に敵えなかった。

 三夏は彼の隣に腰をかけて、バッグから弁当を二個取り出し、片方をかけるに手渡す。

『食べましょうか』

 気が利いて、優しくて、力強くて、世話ができる。

 膝に乗せている弁当を見下ろす。

 まだ温かい。

 食欲をそそる匂いがする。

 ケチャップで図案を描いてある。

 しかし。

 リサイクルのマークが付いている紙容器である。

 つまり、これはコンビニ弁当である。


「いただきます」とかけるは手を合わせて箸で弁当を侵略しはじめる。

 手作りだと期待したか? 否。彼も彼女も料理ができないのだ。一人暮らしであるが、彼らは料理を練習する時間を与えられなかった、と信じてみよう。

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