1-⑥

「もしもーし、誰かいませんかー」

 かけるは現場であるアパートの周辺に、見えぬ人間を探しているのだ。不審者だと思われるかもしれないが、他人の目に映さないものであるので、気にしたらきりがない。

 一人の方が楽だ。見坂には三夏と一緒に行動しろと言われているが、普段口数が少ない彼女は、仕事関連になるといつもと逆に口がうるさい。口ではなくスマホだが。それに彼女には見えないのだから、何も手伝ってもらえることはない。


 さくさくと芝生を踏みながら軽い声で呼びかける。綾野の人物像を彼は持っていないため、どんなやつと出会うか想像できない。危険なフォグになっているのかもしれない。

「……誰もいないじゃん……」


 そう呟くと彼の頭にはもう一つの可能性を思い付く。

 ――霊は、自分が死んでいることを気付いていないことも少なくない。その場合、霊は現世に残り

「こうなったら詰みだな……被害者のこと知らなすぎるし」


 はあ、と溜め息を吐き、かけるはアパートを出る。被害者の霊を探せと言いながら情報を教えてくれない見坂の狙いをやっと分かった。

 死体は既に搬送され、証拠も殆ど部屋に残っていないだろう。当然、綾野のスマホは真琴が持っているはずだ。


「大人しく見坂さんと犬井を待つか……」

 “大人しく待つ”という言葉は大嫌いだ。鬱になりそうだ。

 待つと言って真琴とは髪の毛の件を話したくない。かけるは携帯を開け、耳元にあたる。

「……見坂さん? どこにいるんですか。……俺を家まで送ってくださいよ。はいはい分かりました、公園前ですね」


*


 公園は子供達の遊び場。かけるの古い記憶が甦る――。

 彼もよくここに来ていた。友達は一人いなかったけれど、一人でもブランコで楽しめる。――そして、彼女と出会った場所でもあるのだ。空色に相応しい彼女の笑顔が頭に浮かんでしまう。彼女の温もりをまた感じられたように。

 もう四年が経った。

 見上げると空は一抹の雲もなくライトブルーの色で世界を包む。


『かけるさん』

 まるで違う次元から声をかけてきたと錯覚する。

『行きましょう』

 かけるは俯いて、軽く頷く。予想外の行動で三夏は一瞬目を疑ったが、彼を見坂の車まで案内した。


 後部座席に乗り込み、かけるは頭を窓に寄りかかり、外を眺める。

 かける、と見坂はエンジンをかけながら彼に声をかける。「これからなんだが」

「なんですか」

 見坂は前方を見ていながら続ける。

「俺はこれからは真琴と組む。お前は三夏と組んでくれ。被害者に関する情報は彼女がメモってある。何があったら連絡くれ」


 はーい、とかけるは気力のない声で返す。視線は依然として硝子の外だ。商店街に並ぶ店は個性があり、おしゃれな外観デザインだが、通りすがるので記憶には残らない。人が通りの両側で、店に入り出たり、はしゃいだり友人と笑ったり……人気のある街である。

 誰もこちらに気付くことはない。誰もこちらを見るはずがない。

 たった一対の目を除いては……


「とめてください! 見坂さん!」

「はあ?」

 ブレーキが急遽かけられ、ギイイイ、と耳障りな音が響く。

 かけるは窓を開けて、上半身を外に出して斜め後ろの方向を見る。が、先程感じた気配は完璧に消され、賑やかな歩道には不自然と思わせるものはない。

 勘違いかもしれない――とかけるはそう思わなかった。

「大丈夫か?」

「……すみません、“見た”と思いましたが、間違えたみたいです」


 三夏は助手席から後ろのかけるをじっと見つめる。

「なんだよ……」

『いえ、なんでも』と彼女はそう言うが、視線を彼から離そうとしない。

「なんだよ!」

『いえ、ただこれから事件が終わるまで一緒にいることになると思いまして』

「微妙に変な言い方やめろ! 今日は一人で帰るからな! 絶対に、間違えても付いてくるなよ」


「いや、それはいかん。今日から三夏がお前のところに泊めることになったから」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、聞いたことないんですけど」

「どうせお前んちは空き部屋があるだろ?」

「問題はそこじゃないんですよ! 女子高生が健全な男の家に泊まるって? おかしいですよ、警察が犯罪を助長してどうするんですか」

 見坂はハンドルを握ったまま、平淡な口調で言う。

「大丈夫だ。お前は健全じゃないからな」

 この言葉の破壊力は、かけるにとっては未曾有のものだった。


*


 ライトアウト

 星さえ輝かない夜の道はお祈りしかできない。

 息が切れる。叫んで叫んで声はもう喉から出てこない。追い付けられてしまう、足を止めてはいけないのに、全身の関節の悲鳴が聞こえるようだ……。

 周囲は真っ暗だ。お店は閉店する時間だから当たり前だが。

 ……ここはどこ?

 バタン、どこからの轟音がして、吃驚して周りを見るが、暗闇で見れるはずがない。

 ここはどこ?

 あいつはまだどこかにいるの?

 自分のことを探しているの?

 怖い。恐怖に支配されるのはこういうことか。

 助けて、母さん助けて……、誰でもいいから助けて、助けて、助けて、たす……。


 踏み殺されたように呼吸音は途絶えた。夜はもう一度静寂を取り戻し、沈黙を守る。

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