生と死の境界線:目撃者のナイフ

ここのか

[暁]:白い布と呪われた子供

 サイレンの音が夜の静寂を破る――。


 ぐっとブレーキがかかる。

 くるくると回る赤い灯は自動車のヘッドライトを撫でていて、その破片を、汚れた肌を、水溜りのような血液を見下ろしている。

 タイヤの近くに転んだ腕はピクリとも動かない。

 すべての音が世界から消え去ったかのようだ。その瞳は瞬き一つもせず星のない空を見つめて、口元から垂れ出す液体に気をかけることもない。


 救急車から担架を降りることなく、代わりに布が空を視界から遮り、永久の暗闇を与えられた。

 じわり、じわりと、白い布は暗赤色あんせきしょくに染まっていく――。


  ――事故だ、と男は最期の表情を隠す布を見下ろして言った。

 ふわっと、男のすぐそばにな両足が突っ立っていることを、彼は知る由もなかった。


*


「通り魔ァ?」

 ある高校の一角、少年は教室の席の机に向き合い、目の前にいる友人を睨み付ける。その友人に机を椅子とされ、突き出されたスマートフォンのスクリーンに表示されているある記事を見せられている。

 それは、オカルトの記事が掲載されているサイトの、ホームトップに載せている通り魔の犠牲者のカウンターだ。


「こんなの、都市伝説に決まってるだろ。まだ犯人を捕まえてないなんてありえない」

 連続殺人事件シリアルになる。

 切り裂きジャックではあるまいし、あの時代よりも高度の技術と人材が恵まれた現代では、僅かな手掛かりで突き止めることも可能なはずだ。

 何しろ証拠は必ず犯人に残される。

 いや、と少年は頭を振る。

 たとえ証拠でなくても――。


「ほんとだって! B町の話だけど……」

「噂程度で騒ぐな」

 ばかか、と吐き捨てると友人を越して、黒板を日直の女子生徒が消しているのを眺める。白いチョークで書かれていた数式を彼女が粉にしていく。


「で、でも割とリアルだぜ!」

 その友人は頑なにスマホを締めようとせずに大声でアピールしてくるので、少年はうんざりして彼を見る。少年の表情に気付いていないのか、見て見ぬ振りしているのか、彼は続ける。


「だってさ、殆どの被害者は女と子供だから、弱者に手を出す傾向があるそうだぜ」

 胡散臭い。どいつもこいつも似た内容ばかり、と少年は心の中で毒づき、顔は全く興味を示さない。

「犯人の性癖なんじゃないか」と、適当に返した。


「あ、あと、共通点はナイフで刺されるらしいぜ! 目撃者もいるし、死体消えるらしいし」

「目撃者がいる、なんてこちらが証明できる術もなく、事実だと信じさせようとする『偽』証拠はいくらでも作り出せる。そもそもこれ、非公式だろ。それから、死体が消えるなんて非現実だ」


 ――非現実だ、と少年は自分の言葉に刺される。それは、自分の存在も同じことを言えるブーメランじゃないか。

 彼の気持ちも知らずに、相手ゆうじんは騒いだ。

「そ、そうかもしれないけどな、リアリティがあるぞ、読んでみろよ……って、聞いてくれよ、かける!」


 かけると呼ばれた少年は顔を窓に向ける。透き通る硝子には頬杖を突いている自分の顔立ちがそのまま映される。輪郭の整って血色のいい顔の持ち主であるが、彼はそれらを見ていない。彼が見ているのは、両親に預かる目――その瞳である。

 の瞳はいつものように輝かない。寂しさを帯びる色の奥には彼の秘密が秘匿されている……。

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