Extra-6 業火に消された記憶と愛

***


 脳裏がふわふわした。胸が引き裂かれそうな痛みに苛まれる。ティティインカは、ただイザークを見詰め、イザークはティティインカを見詰めていた。


「ねじ曲がっちまったんだな」

「捻じ曲がる……」


 夢のあの男も言っていた言葉。「愛がねじ曲がった。もとに戻すには、貴方がイザークを再び愛すること」と。


 ただ、イザークの瞳の深淵は一寸先の闇色だ。この世界には太陽も月もあるのに、イザークの眼だけは、暗闇のまま。


「目、赤くなかった?」


 知らず、血の垂れた頬に触ると、イザークは軽く頭を揺すって、「ああ?」と優し気な声音になった。


「夢で見たのよ! 貴方は真っ赤の瞳のほうが似合うわ。罪過の色がこんなにも似合うと、魔導士として、興味が尽きないの」


 告げた瞬間、イザークのつま先が僅かに動いた。ティティに向いて、腕が伸びる。


「そういうところ、変わってねぇな」

「変わって……? ねえ、わたしを知っているの?」


 イザークは夜の瞳を昏く輝かせた。闇には闇の輝きがあると謂わんばかりに。


「ああ、知ってる。あんたは、魔導士なんかじゃねぇよ。テネヴェは裁きにあって、滅んでいる。何者かが、世界を巻き戻し、捻じ曲げたんだ。全てはそいつの都合が良く作られた世界だ」

「言っている意味が分からない。夢のセカイには太陽も月もなかったわ。貴方は真っ赤な目をした悪魔のようで、私は金色の尾の男と向き合って……」


 イザークはティティを抱き上げた。


「思い出したいか、そんなにも俺との愛を? 貴方が、俺との愛した時間を取り戻したいと、そう告げたのか?」

「もうもうもう! そういうのやめてってば!」

「そういうの?」


 ぱちくり、とティティはイザークを見詰めた。瞬間、ふわり、とした既視感に近い妙な風が胸を吹き抜ける。


 ――わたし、きっと、この人を知っているのだわ。


 魔導をやっているうちに、人の感情すら、魔導での決着がつくことを知った。憎悪や恐怖は、愛に錬金され、愛はねじ曲がれば憎悪に錬金される。魔導は、指先から心を放つこと。



(じゃあ、わたしがどうして、こんなにもイザークが怖いと思う理由も?)



 瞳が揺らいだ。世界ごと、こぼれおちる。

 歪曲した滴には、イザークが歪んで映る。


 ――アァ、神なんざ、逆らってやるさ。それが――……。


 時間が止まったようだった。ティティはただ、忘れた涙を思い出したくて、流し、ティティが思い出さないことに、イザークも一筋の涙を流した。


    


    

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