Extra-5 業火に消された記憶と愛

(も、もう、なんなのこの人!)近寄ると、ふわりとした不思議な感覚が足先に滑り降りる。

 既視感、というには弱すぎて、予感、というには強すぎる。


「ティティインカ……ティって呼ぶぜ?」

「ちょっと! 猫みたいな呼び方しないでよっ!」


 イザークは「前も聞いた、それ」と切なそうにティティを見下ろした。「以前も、同じ言葉を言っていた」言葉にくやしさが滲み出ている。


「……頼む、ティ。キス、させてくれないか?」


 目の中に蛇が見えた。足元がゾワつく。ティティはイザークの手を振り払った。無我夢中でイザークは唇を押し付けた。永遠の波がティティを時のるつぼに突き落とす。それは真っ赤な海で、たくさんの手が生えている罪過の地だ。イザークの左眼には、神が見えた。


「貴方が……アラーなはずないわ!」


 ティティは突き飛ばして、涙声で訴えた。


「貴方は私を揺らがすの! 貴方なんか、知らないわ!」


「……そうかよ」イザークは低く唸ると、「賭けだったんだけどな……」と寂しそうに呟いた。


「思いの外、深く鍵がかかった様子だ。つっても、俺もあんたが誰だかは知らねぇし。だいたい、胸のねぇ魔導士なんざ好みにほど遠い。あんたの作るスカラベ、全部土留め色だし」


(ひ、酷い……っ!)


 イザークは戦闘用のマントを揺らすと、「二度と触れねぇから」と踵を返した後で、「おい」と振り返った。


 ティティは知らず、イザークのマントを握りしめていた。


「……明日にはテネヴェに最終攻撃を懸ける。その別れにあんたを抱きたかったが、戦死しても、忘れてくれるなよ」


 静かな声が、ティティの心にすとんと堕ちた。ティティとイザークはしばし見つめ合う。やはりイザークの眼は碧眼だ。しかし、赤銅色だった夢のほうが、しっくりと来る。


「……それで、寝所に誘うの? 魔導士なんか抱いて、のろいを懸けられてもしらないからね」

「――っは。掛けられるもんなら、掛けてみろよ」


 頬に当てたナイフの切っ先を自ら動かす。頬に血が浮き出て来た。


「……悪魔のくせに。血は真っ赤」ぺろりと流れた血を舐めとったイザークは、ティティを壁に押し付け、熱い唇を擦りつけた。



 血の味のキス。



 ――わたしは、このキスを知っている。遠くなった記憶のどこかで灼熱に包まれて。あれは、何処?

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