Extra-4 業火に消された記憶と愛

***


「明日の月と太陽が合致する瞬間に、この破片をイザークの体内に。本来の歴史は戻り、歯車も、天秤も釣り合うはずだ。人が神に勝ってはならなかった。今のイザークは悪魔だ。クフの魔力に飲まれているんだ」


 脳裏には、先ほどの不思議なやり取りが遺ってしまい、寝付くに寝付けなかった。


(大きな尾があった。この世界を不思議がっていたわ)


 ティティはクフの寝息を聴きながら、頭を撫でる。「ん」と母の手をちいさな手がひきよせた。なんとも愛らしい。泣きそうな目で母を見やる碧眼も、今は瞼に隠されている。


 ……そう言えば、憎きイザークも同じような目をしていた。だが、本来の眼の色は真っ赤だった気がする。


 夢のイザークは少なくとも、灼熱のような目で、ティティを見つめ、愛を囁いてくれた。


「あり得ないわ……」


 ティティはまた首を振って、頭まで毛布を被った。太陽と月が一致する瞬間……。結局起きて、窓辺に歩み寄る。茶色の岩壁を吹き抜ける風は、果てしなく土の匂いを醸し出していた。


 ここは、テネヴェのカルナヴァル神殿。クフを産み落としたティティを拾ってくれた王は、ラムセスと呼ばれている。クフを同じように可愛がってくれた。


「ラムセスはその隙を狙って、一斉攻撃を考えている。世界が再び闇に閉ざされ、神が降りる。俺はかつて、神に逆らった男だ。何も怖くはないが」


 ぞっとしてティティは身震いを繰り返す。


「神に逆らったら、裁きが来るのよ。マアトは見逃さない」


 かつての文献を思い出して、ティティは悪態を口にした。本来、魔術師は悪態を口にはしないが、イザーク・シュラウドに於いては、悪態を聞いても微笑みを向けるだろう……とは確信のない話。


 一斉攻撃が始まれば、また眼を血の色に換えて、走り出し、たくさんの人間を血で贖うのだろう。


「かあさま」クフが起きてしまった。ティティは小さな身体を抱きしめると、「大丈夫よ」と頬ずりを繰り返す。


「大丈夫、。だって、この世界には、太陽と月があるのだから」



***


 朝、起きるとクフを連れ、オベリスクの近くの魔道研究所に出向く。魔道の様々な実験の経過を書き留めるべく、パピルス紙を抱え、魔導士たちを指導する。


 大半は、対テネヴェへの戦闘準備だ。空に魔導を施し、空間に穴をあける。テネヴェを領地にすれば、きっと豊かになる。


 テネヴェは悪魔の土地。だが、イザーク・シュラウド以上の悪魔がいるものか。



「きゃ」戸口で小さな声がして、(またか)とティティは聖水を手に足早に向かう。やはりイザークに迫られた魔女の叫び声だった。


「うちの魔導士に手をだすのはやめろと……なんど言えば分かるのかしらね!」


 清めた水を頭からかぶった男は、ニィと八重歯をむき出しにした。


「妻になる女が、そっけねぇからなァ。あんた、いつ、俺の寝所に来るんだよ」


「太陽と月が消えても、行きません! あんたと結婚はしないわ」


「へえ?」イザークは素早い。今度はティティの手首を簡単につかみ上げた。


「か弱い腕だな? ほら、こうしてすぐに……」ティティは護身用のナイフをぴた、ぴた、とイザークの頬に当ててやった。イザークは怯まない。


「ナイフ如きで俺が止まるとでも?」


    

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