Extra-2 業火に消された記憶と愛

***


「大きな星だね、母様」


「そうね」とクフを膝に抱いて、ティティは空を見上げた。曇り一つない。当然のように月は天上に掲げられ、古代世界を彩っている。流れ星を見つけて、クフが喜んだ。


「わたし、貴方の父親はイザークだと思ってたんだけどな」


 本人が違うというなら、違うのだろう。ラムセスも、その点についてはだんまりを決め込むし、いつしかクフも大きくなる。気がつけば、お腹が大きかった。


 これではまるで神話だ。イザーク・シュラウド。気になる名前。そして明日、いよいよテネヴェに戦いを仕掛ける。かつてはマアト神が舞い降りた聖地のオベリスクに、神の雷は落ちたと聞く。


「クフ、眠いの?」


 クフはこてんと寝てしまった。子守歌を口ずさみながら、ティティは夜の海を見詰め、涙を拭う。明日、月が太陽を覆い隠す異変が起きるとイザークは告げた。太陽と月が? あり得ない。魔術師として神とあがめるならば、月の女神ネフティス。これもまた懐かしさのある名前だ。



 風が吹きすさぶ神殿カルナヴァルのオベリスクの傍に、ティティとクフの部屋はあった。クフに毛布を掛けてやりながら、隣で魔導書を読む。そのうちに微睡がやって来るのだが、今日の夢は酷い悪夢だった。



「俺は、もう、罪から逃げねえ! 背負って見せる! ティ、愛している!だから、だから……」



 どこもかしこも業火の中で、大きな天秤が揺らめいて、イザークの心臓を載せて燃え行く夢だ。イザークはティティに愛してると告げるも、とうとう業火の炎に飲まれて、灰になってしまって、クフもまた飲み込まれて消えて行く悪夢。


 がばっと起き上がって額の汗を拭った。


 ――この夢は、何かが違う。イザーク・シュラウドが優しくわたしの名前を呼ぶはずがない。悪魔の名前を背負う、アケトアテンの残虐戦士が人を愛するなど。


 ――嫌な風。


 ティティはローブをかぶり、ランタンを持って、神殿に向かった。ラムセス王が大きなアケトアテンの巨象を建てたので、オベリスクの偉大さは損なわれてしまっている。

 ふわり、と何かが舞い降りた。 


「黒い、羽……」


 あちらこちらに散らばっている。その羽はどうやらオベリスクへと続いているようだ。ティティは羽を拾いながら歩いて行った。すると、オベリスクの周辺が明るく照らされている事実に気づく。


「……オベリスクが輝いている?」


 ばさっと大きな羽音に、ティティは突き抜けるオベリスクを振り仰いだ。大きな鳥が停まっているが見えた。


 金色と、黒の不思議な光沢の大きな羽に長く伸びた尾。羽ばたいたら、きっと無数の羽を散らかしそうな巨大な翼に、鋭い脚。ティティに気が付くと、鳥はゆっくりとオベリスクを離れ、地上に舞い降りた。


    

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