愛を貫く王子と宝玉呪術師は古代神に反逆する! 【第2部】

Extra-1 業火に消された記憶と愛

 アケトアテン王国とテネヴェ国の侵攻の爪痕は大きかった。ティティは魔導士としてアケトアテンの全線に立ち、イザークは武器商人として生計を立てていた。数百年前の「マアト戦争」は太陽と月を消し去り、その二つの女神はそれぞれ神殿に祀られている。


***


「きゃああああああ」宮殿の女性の声に、ティティはまたかと魔導書を閉じる。

 イザーク・シュラウドがまた、血みどろで帰って来たのだ。


「おどきなさい。私が出ます」


 その禍々しさは言葉にし難いほどで、可哀想だが、連れて来た怨念や悪意を神殿に入れさせるわけには行かない。


「あぁ、ティティインカ魔導士。また、あんたに半殺しかよ」

「仕方がないでしょ! またそんなに亡者を引き連れて来て!」


 ふん、とイザークは血で汚れた頬を向けて、ぎらりと赤い目を見開いて見せる。


「テネヴェの戦士数万を河に叩き落としてきた。そうやってご本が読める平和をもっと喜んで欲しいよなァ」


 剣を背中に背負ったまま、「なぁ、コブラの王女さま?」とイザークは揶揄って来た。


「来月が式だろ。俺の妻になるなら、その暗いケープを脱いで、身体一つでくればいいのに」


 ぐぬぬ、と向かい合った先でイザークは舌をちろちろと動かして見せる。


「誰が! あなたみたいな血みどろも平気な男と結婚などしません!」

「だーから。……まあいいか、俺も神殿で休みたいから、お手柔らかに」


 ティティはスカラベを使い、魔術を放つ。いくつもの祝福の矢を打ち込んで、未練を取り去るのも魔導士の仕事だ。


 時折イザークは片目を押さえて見せた。


「終わったわよ。もう手間ばかりだわ」

「悪いな、王女さま。男は残虐な生き物なので」


 黒髪を露わにした顔は凛々しいが、どうにも血に飢えている様子の蛇の眼と、狼のような野性が苦手だ。


***


(イザーク・シュラウド。その名前はかつては愛おしいはずだった。しかし、何か歯車と、天秤が浮かんで、業火に消えた画が浮かぶ)


そして私は本当にあのイザークと結婚をするのだろうか。


 不思議に思いながらも、魔導士のケープを脱ぐと、ティティは水浴びを始める。勿論、御守りのナイフをちゃんと備えたうえで。


 ティティは魔導士の地位が高い。暗殺だって有りうるだろう。(いつまで、戦うつもりなのだろう、ラムセス王は)とばしゃりと水辺を上がると、イザークがいた。


「きゃああああああああああ、ばか、あっちへ行け!」


 蹲ったティティにばさりとマントとローブが飛んできた。


「見るつもりはないが、なんとなく、あんたを護らなきゃと思って、月が綺麗だぜ、ティ」


「ああそう! お仕事、ご苦労様。でも、わたしは血なまぐさい人は苦手。でも、あなたには何かを感じる。確かに、月が綺麗だわね」


 そわそわと服を手早く着て、腰ひもを締めて、ローブを被った。イザークは「ああ」と告げてティティの手を握りしめる。


 ――なにかが通り過ぎる。でも、何かはわからない。古代に生きていた何か。こんな風に、海を二人で俯瞰で見た、記憶がうねる。

 世界には月も太陽もある。では、あの業火の世界はどこで見たのだろう?


(この人といると、何かがザワつく)


心が揺らされて溢れた涙を訳もなく拭った。イザークは涙なんか気にもしない様子で、会話を繋いでいる。


「明日、月を太陽が隠すそうだな」

「ええ、魔術書に有ったのよ。月と太陽は世界に向かい合って浮かんでいる。でも、かつてはこの世界は真っ暗で、また、混沌が来る兆しがその重なり、らしいわ」


「水晶の信憑性のない占いなどどうでもいいが」

 

 人を真っ二つにできそうな大きな剣から目を逸らせた。


「ラムセスはその隙を狙って、一斉攻撃を考えている。世界が再び闇に閉ざされ、神が降りる。俺はかつて、神に逆らった男だ。何も怖くはない」


 ティティは首をかしげる。


 神に逆らった。

 イザークが無意識に口にする言葉はどうも何かを忘れさせられている様子で気持ちが悪い。


「お母さま」

「クフ」


(息子のクフは4歳になる。イザークによく似ているが、わたしにはイザークと愛し合った記憶がない)


イザークもまたティティインカを抱いた記憶はないと告げるだろう。


 ――なにも、憶えてはいない。大きな天秤の記憶以外は。

    

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