73……逃げ続けた罪

「……随分、小さくなっちまったな。ティティ」


 瓶に入ったままのティティは、亡霊のようにイザークを見詰めていた。透けて小さくなった霊魂アクの姿にイザークはそっと語りかけた。


「……そばにいて、やりたかったぜ」


 イザークはそっと瓶のティティに泣き笑いで告げた。ティティは透けた水色のオーラになって、ゆらゆらと揺れている。


「ティ、俺も、貴女と同じ。復讐することばかり考えていた。俺を嵌めた人間全員を根絶やしにしてやる。クフをも見捨て、ヴァベラの民を悪に導く悪魔になってやると。俺がオベリスクに名前を遺したのは、クフのためじゃない。誰かが、弟を裁くだろうと、ラムセスと仕向けたんだ。俺の手は汚さずにいたかった」


 イザークは眼を伏せた。ティティに言えなかった、逃げ続けた罪が脳裏に甦った。


***


 取替子のラムセスとイザーク、クフ。オベリスクの前でよく戯れたものだ。


 しかし、周りがそれを許さなかった。親密さは両国の為にならない。テネヴェ王である父はラムセスの幽閉を決めた。


『お兄ちゃん、蛇のお兄ちゃんは何処へ行っちゃったの?』


 在る夜にクフが訊いてきた。イザークは答えなかった。それが、クフの恐怖心のきっかけとなった。


 ――クフは、何より、三人の時間を愛していた。


「僕から大切なものを奪った。ならば、人間は全員死ねばいいんだ」笑顔で告げた。


(その後は分からない。クフが泣くので、父ともみ合いになって、気付けば剣を――)


 そして、裁きが始まった。ラムセスは俺に歴史を変えようと囁いた。


(気付けば俺は国の背信を目論んだ黒王子とされ、追放になる。裁きは、オベリスクに降りかかり――……)


「母は発狂した。それを見たクフは、壊れた。壊れた弟を捨て、ラムセスと共に逃げるしかなかったよ。俺は弱かったな」


 きょろ、と亡霊の目が動いた。


「神が俺を裁いたは、封じていた悪魔の血をクフの中に目覚めさせたからだ。神はヴァベラの呪われた血を二度と復活させてはならなかった。……今話しても遅いか。俺はいよいよ裁かれる。霊魂は残らない。〝愛する者を狂気に導いた罪〟「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」……)


「そこまで判れば充分だ。ヴァベラの民、イホメト。マアティたちが何を忘れたと騒いだかと思えば、牝の霊魂の瓶詰め」


「――神さまの汚れた手で触っていいもんじゃねえ!」


 ティティの瓶を抱き、牙を剥いたイザークに、マアトの鳥眼が細く、動いた。


「不貞不貞しい。悪魔の民。おいで。最期の裁きと行こう。我の翅より汝の漆黒の心臓が軽ければ、牝の霊魂は永遠に消えることとなろう」


「もし、俺の心臓が翅より重かったら?」


 マアトは変わらずの冷淡ぶりで、答えた。


「奇跡はない。マアト神の翅は、悪には負けん。か細い期待を勝手に抱け」


 言うとマアト神は大きな翼に手を突っ込み、一枚の翅を抓み取った。

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