58……マアトの裁き

 マアト神の手には四つに分かれた大きな剣。振り回しては大地を割る。


 ティティは震えを抑えられず、それでも必死に懇願した。


「止めて! もう、クフは裁いたのでしょ! イザークを返して! 愛してる、わたしの夫に逢わせて!」


「……愛? 愛している夫とは、先ほど下劣に響いた声の主か?」


 ――黒い大きな翅、動かない瞳。裁きのための剣を握った腕。


 ティティは何度も唾を飲み込んだ。ちろ、とマアト神の双眸が動いた。


 マアト神はずいっとティティに顔を近づけた。


 ――神の眼を間近で見た。深淵だ。炎の深淵。ティティは震えそうになる足を叱った。それでも、もう限界だった。ティティは恐ろしさの前で、頽れた。


「イザークに、逢いたい……お願い、神さま、夫、イザークの声が聴きたいの」


 マアト神は片膝をつき、ティティに屈み込んだ。


「神の前では静かにするものだ。汝、うるさい」


「逢いたいの! ねえ、どうして! どうしてみんなを裁くの? そんなにわたしたちは生きていてはいけないの? じゃあ、どうして諱なんかがあるの!」


 マアト神は立ち上がり、また耳に小指を突っ込んだ。ティティは構わず続けた。


「イザークに、逢いたいのよ! 逢わせて!」


「裁きを再開して構わないか。ティティインカ……か。よい諱を貰ったものだ」


 墨を流した眼がティティをモノの如く一瞥した。びく、とティティは肩を震わせてマアト神を見詰めた。マアト神は耳を塞いだ手を下ろし、空を見上げた。一際明るい光が赤黒い空を奔った。


「――赤い流れ星……何という事態だ。近くにサアラが、いる。面倒はご免だな」


 呟くとマアト神は大きな翼をはためかせて羽ばたき、オベリスクの上空に浮かんで鳥瞰の姿勢になった。


「待って! わたしも連れて行って!」


懇願の中、黄金の翼を翻したマアト神は、一瞬だけ地上のティティに視線を投げたが、大きく羽ばたいて天に消えた。


 無人の神殿で、赤いオベリスクだけが変わらずに聳えていた。


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5/01の更新は以上です。ありがとうございました。

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