43……テネヴェのオベリスク

「足元にご注意を。おまえたちはここで待て。ここからは王族以外は入れない神域」


 サアア……とティティの視界が半分遮られ始めた。


〝マアト神は此の世と別の世界を往き来する〟


 ――マアト神が戻って来た!


(また、裁きが始まるの?)


 片眼の違和感に耐えつつ、地下階段を降りる。螺旋になっている階段は、オベリスクの最下部まで伸びていた。


「ここが最終地点だ」クフの声に向き直った。見上げると頂点は霞んでいて、夜空が見える。


「ねえ、オベリスクって普通、外に建っているものよ? あー、んん。知っている国も皆そうだった。なのに、どうして神殿内に建っているの?」


 王は嗤いを浮かべたまま、片手をさっと袖に隠し、赤いオベリスクを片手で撫でた。


(よく、触れるものね……呪いを感じないんだわ。鳥肌立ってるのに)


「オベリスクは死者の霊魂

アク

碑。赤は不浄、血、争い、傲慢、不吉を現す。貴女ものこのこと、よく命令に従えますね。プライドがないのか」


 ティティは唇を曲げた。クフの告げる言葉は正論だが、あまり良いものではない。


(兄弟なのに、性格が違う。イザークは不吉な言葉を口にはしない。それよりイザークの事情を聞きたいのよ。実は嬉しかった。イザークが王子なら、対等の立場で胸を張れる。王子姿のイザークも、きっと凛々しいと思うの)


 ティティはすうと息を吸った。


「わたしはティティインカ。元アケトアテン王の娘。新王の命令で降嫁して、イザークの妻になる身分よ。夫(予定)の事情を知りたいの」


 少年王は驚き、呪術師が「いいのですか」と声音靜かに聞いて来た。


「諱を口にすれば、誰にともなく呪われる。どうやら偽名ではなさそうだ」


 ――世界で、なくしてはならない大切なもの。それが諱だとイザークは告げた。


「貴方のお兄様が言っていた。諱があるなら、生きて行けるって。呪うなら、呪えばいいわ。わたしは自分に恥じたりしない。諱は、大切なものだから、恐れないの」


「クフと呼んでいい」少年王はさも可笑しそうに告げた。


「諱はクフィルート。今後の諱は「進化の王」、悪諱は恐らく、「神への反逆者」かと」


 クフは屈託のない笑顔を浮かべ、オベリスクを靜かに見上げた。恐怖に慣れると、今度は呪術の心得からの好奇心が沸き上がった。名をやり取りしたことで、安心もあった。ティティはオベリスクを見、瞬きを繰り返した。


「霊魂

アク

が塗り込められてる。天に還してあげたほうがいいけど、わたしは、せいぜいイザークを呪うくらいが関の山。ねえ、もうちょっと近寄って大丈夫?」


「どうぞ。どうぞ」(言って良かったのよね?)と訝しんでいるティティの背後、クフは小刻みに震え始めた。


「そうか……兄に呪いをね……」


 クフは肩を震わせ始めたと思うと、仰け反って、大笑いを響かせた。マアト色に顔を塗った無言の神官

ソル

たちが駆けつけてきた。中央で、クフは両腕を広げ、笑いを響かせ、袖に手を突っ込んだ。


「まあいい。存分に見てやれ。塗り込められた霊たちも悦ぶだろうから」


(何がおかしいのよ。ううん、異常は、このオベリスクだわ。神への冒涜でしょう。テネヴェで、何かが起こりそう。嫌な予感がする)


 オベリスクに夢中のティティは、少年クフ王がマアト神の聖刻文字が刻まれた短剣を握り、忍び寄っている現状に気付かなかった。

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