41……裁きで残されし兄弟

 衛兵が二人を無理矢理平伏させる。

 少年王の爪先がティティの前にやってきた。


「王さま、こんにちは。わたしは呪術師です」


 まだ顔は見えないが、コン、と笏丈が降ろされる音。すっと王がしゃがみ込んだ。無言で手を出してきた。アケトアテンにはない。手を繋げばいいのか。


「呪術師か。麻紐を切ってあげましょうか。縛り上げられてお辛そうだ。名は」


(本当だ。呪術師と名乗って奨励されるなんて、珍しいな)


 ティティは考えて、偽名を口にした。


「イア、です。甲虫石を使った神への交渉の呪術を生業としています」


「それはすごい。古代呪術ですか。しかし」


 年には相応しくない態度で、少年王は一瞬、表情に憎悪を漲らせ、にっこりと笑った。ゆっくりと長い神の衣を引き摺り、イザークと向かい合った。


「――ボケが」イザークが小声で悪態をついた。

 クフ王は天使の笑みを引っ込め、悪魔の目付きになった。(何?)と不穏な空気を感じ取る前で、イザークが、ザリ、と爪先を摺った。


「なんだよ。随分なお出迎えじゃねえか? そんなに俺が怖いかよ」

「害虫は早く捕まえねば。捨てた国で王子面。相変わらず面の皮が厚いですね」

「……お飾り王。どうせ、民衆の幸せなんか、考えてやいないんだろ? 相変わらずの欲塗れの、悪人面」


 だが、そうは見えない。ティティは物腰しか見ていないが、少年王は少なくともイザークより、穏やかに見えた。


「話にならないな」と少年王はイザークに見切りをつけ、再び黄金の鷲に囲まれている台座に辿り着くと、細身の体を落ち着かせた様子だった。直ぐに数十人の神官

ソル

が周りに控えたが、誰も彼も一言も声を発さない。


「――呪術師イア」呼ばれて顔を上げたティティの前で、少年王はようやく頭巾と冠を外し、顔を明かにした。整った顔立ちだが、眼は異端の血の色。マアトの裁きの後の黒翅のような。口元がイザークに似ている。弟だ、間違いなく。


「貴方、その、眼はなに……」


「過去にマアト神を見た。この瞳は神を間近にしてから、色が抜けない」


 はっとイザークを振り返った。同じ色だ。


(では、イザークは既に、神の呪いを受けていたの? だから、眼が赤いの?)


 クフはチラとイザークを見やり、シャランと笏丈を振った。


「数年前、この国は根刮ぎ裁かれた。すぐに他国の侵略が始まった時、王家は裁きに遭い、とある兄弟が残された」


 ――テネヴェ戦争。イザークから笑みが消えた途端に、クフ王が甘えた表情で涙を浮かべ始めた。急に年相応の声音を出され、ティティは驚いた。


「王は考えた。神に振り回されて、裁かれるはご免だ。多神教を廃止して、一神教――つまり、マアト神信仰に。他国と神ならば、神のほうが強いし、まだ、慈悲がある、人は親ですら殺せる。神は人を屠る権利がある」


 クフは笏丈を持ち上げ、イザークを真っ直ぐに指した。


「残った兄弟はどちらかが神に従属する王になり、他方は追放となる。結果は見ての通り。遠き国の書には、神の秘密が残されているというが、定かではない。兄のほうは、テネヴェを救うのだと出て行ったと思っていたが」


 ティティは執拗に王家の保持する「死者の聖典」を狙うイザークを思い起こした。


(わたしには分かる。今の話の弟は、クフ、兄はイザーク。……二人は裁きで残されたテネヴェの子供……!)


 ネフトはこの事実を知っていたのではないだろうか。ティティに話した「裁きの後に子供が残る」とは――。


「イザーク、もしかして、神に囚われた弟を救うために、世界の理を調べていたのではないの? 死者の聖典、探していると言ったわ。それで、アケトアテンを侵略した」


 この国のイザークはまるで別人だ。剽軽さをかなぐり捨て、無言を貫いている。まるで何一つ話すものかと拒絶しているように見えた。


(なんなのよ、いったい)


 ぱら、とティティの麻紐が切れて落ちた。少年王は丁寧な口調で微笑んだ。


「ようこそ、テネヴェへ。テネヴェ国第四十九代クフ王、名はクフィルートです」


 手を差し出されて、ティティはおずおずと手を差し出した。先程は縛られていて、思うように伸ばせなかった。やっと掴んだ少年、クフ王の手は氷のように冷たかった。

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