40……テネヴェの王様

 テネヴェはアケトアテンのように丘陵にあるのではなく、大きな囲いを持った宮殿で、広さは限りない。民衆の暮らしのど真ん中に位置していた。


「なんだ、おまえは」


 イザークは間髪入れず、衛兵の首を掴み、壁に叩きつけた。ティティが止めるも聞かず、短剣を引き抜くと、高く翳した。衛兵の一人が動きを止め、神官たちも平伏した。夕陽がイザークの背中を照らす。


「――不肖の第一王子が戻ったと、テネヴェ国王に告げろ! 話がある、と」


「生憎ですが」神官がぐるりと王子であるイザークと、ティティを一緒に取り巻いた。イザークは舌打ちをした。


「あの食い物屋の情報か。はん、相変わらず告げ口の情報網は素晴らしいと見えるな」


(あ、あの時! イザークは短剣を見せた。王子とバラしてしまったんだわ!)


 お金さえあれば。しかし、ティティはイザークの不敵な笑みを見た。イザークは、これを狙っていたのではないか。王子が戻ったと、敢えて知らせるために。


 ――相変わらずやり方、横柄。


(でも、わたしは知ってる。イザークは迷わず、間違わないと)


***


(ティティ、王に逢えるぜ。こうでもしないと、王の御前には行けないだろうからよ)

(もうちょっとやり方なかったの? 自分の家で捕まってどうするつもりよ)

(でないと、殺されたさ。これから逢う人間に、言葉は通用しねえよ……)


 物騒な。首を傾げながら、ティティは小声で聞き返した。それにしても、階段が多い。少し歩くと、また階段。ちょっと直進すると、また階段。それも平たい階段だ。赤い土城は同じ神の像で固められている。


 ――黄金の鷲のマアト神。どこもかしこも、マアト神しかいない。ティティは違和感を覚えた。カルナヴァルではおなじみの三柱神の姿もない。


 イザークがギリ、と歯ぎしりをした。王子との配慮か、腰紐で縛られて、連行の態を取られているが、まだ自由は残されている。と、イザークが衛兵のお尻を蹴った!


「ティティの縛り上げ方! 胸が挟まって、くっきりだ! おら、見てんじゃねえ!」

「……王の御前だ。クフ王に深く頭を」

「下げるわけねぇだろが」


 イザークは縛られたまま、数十段上に立った男を睨んだ。小柄だ。ラムセスに比べると、かなり小さい。と、一人の男がゆっくりと、階段を降りてきた。手には王が持つ笏丈がある。丸い輪っかに、獅子を象った大きめのものだ。


 王の証の冠にはコブラの象形文字。笏丈には丸い円と鳥の嘴文字。


 コツーン、コツーン。冷えた地を歩く音がやけに響く。王がゆっくりと歩み寄った。


(どうみても子供。――わたしよりも年下に見えるのだけど)


「――計算違いでなきゃ、俺の三つ下だから、十六を迎えたばかり。即位していたとは、さすがだぜ。……母は消されたと見えるな、助けられなかったか」


 言葉にティティは肩を震わせた。そうこうしている間も、王は間近に近寄りつつあった。表情は頭巾で見えない。震えるティティにイザークが耳元で囁いた。互いに縛られてはいるが、まだ近くに寄り添える距離。


「大丈夫。この国は呪術を使う人間を奨励する。むしろ堂々としていろ。いいな」


 ティティは頷いて、顔を上げた。

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