38……氷の鍾乳洞。イザークの秘密

 イザークはティティの驚きなど気にもせず、ぐいぐいと歩いた。ティティはまだあの二人の神の話がしたいらしく、ちょこちょこと話しかけて来る。


(神が人を助けるとは。それほど、俺とティティには何か感じたのか、それとも)


 氷の空洞とは珍しい。あの二神のどちらかが作ったのだろうか。お陰で少しばかり明るく、足元の不安定さが緩和されるのは大助かりだった。


「ねえ、イザーク! あの二人って」

「イケイケの姉ちゃんと、暇そうな坊さん兄ちゃんだ。神は人など救わない。それはティも知っているはず。俺はあのサアラってヤツは好かん。ティティと俺を引き離した礼は三倍……いや、百倍で返すつもり」


「そんな言い方ないでしょ! 大体、イザークが国境でみっともない小芝居を。え?引き離したことを怒ってる?」


 イザークは小さく舌打ちをし、会話を打ち切った。ティティとの言い合いは至極好きだが、正直、言い合いできるほどの元気がない。無言に気付いたティティも無言になり、二人はただ、歩いた。


 洞穴は広く、少しばかり湿り気がある。気温も低い。


外の気配も感じられない。今がどのくらいの時間で、どのくらいの疲れなのか。マアトの夜がなければ、夜すら分からない。有限の命の終わりが見えない如く。


「そろそろ休んだほうが良さそうだな。テネヴェまではまだ遠い」


「テネヴェってどんな国? アケト・アテンと外交はしていないの。遠すぎて」


「行けば分かる。俺は寝る。サアラの剣を持っていると疲れるんだ。剣まで厭味かよ」


 嘘だ。本当はテネヴェの話を避けているだけ。イザークはテネヴェで起こった悲劇を思い返して身震いした。


(マアト神。徹底的に俺を痛めるつけるつもりか。生憎男神に跪くつもりはねえ)


「あ、まって」ティティは袋を探ると、薄い毛布を見つけ出した。同じように座って、一枚の毛布にくるまった。ふと見れば、ティティの瞳は元の色に戻っていた。マアト神が世界から遠ざかった影響だ。愛おしい二つの眼が少しだけ青く、輝いていた。


 出逢った時のティティインカの瞳だ。いつも潤んでいる。


「やっぱり、そのほうがいいぜ。可愛い」

「イザークも。片眼が白いとオバケみたい。この世界からマアト神が消えたからって……なんであたしたちはこんなにも見張られているのだろう」


「さてな」イザークはティティに腕を絡ませ、温かい胸に顔を埋めてみた。ティティは怒りもせずに、イザークを抱き留めてくれた。


(あのオベリスクはまだあるのか)とゆっくりと想い描く。


(思い出したくないが、イホメト・シュラウド・テネヴェと呼ばれた俺……ティティが全てを知ったとき、どう思うだろうか)


 イザークはすやすやと寝息を立てるティティの頭を撫でた。


「テネヴェで、何が起こっても、俺を信じろ。――何が起こっても、だ」


 真実

マアート

はまだまだ遠そうでいて、ひたひたと確実に迫っているのだった。

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