35……古代の海に抱かれて

「ふ、ぅ……っ……」

 我乍ら、甘い吐息だと思いながらも、イザークの唇の上で、小さな呼吸を繰り返す。

 これが、好きということなのだろうと、ティティは自分に言い聞かせた。これは全て、何かの想いに導かれている。いうなれば。ティティはこの想いが嫌いではないという事実。


 なんと呼べばいいのだろう。このじわりとする何か。


「こんな裁きの世界でも、愛する奴がいるって、心強いよな」

「愛……愛するって何?」

「ああ、お互いを大切にしあうこと、かな。こうやって、何度も触れたくなったりするだろう」

「うん、触れたい。これが好きってことなんだって……その……あたし……」


「言わなくてもいい」


 遠くから降り注ぐ光の雨を見ながら、イザークの口調は誇らしげになった。不思議だ。愛情を判った途端、今度はこっちも伝えたくなる。


「ううん、言いたいの! 聞いていて。伝えて見せるから!」


(見ていなさい、ファラオの娘の覚悟。言ってみせる。好きって! 驚くがいいわ)


 すー、はー……ティティは大きく息を吸った。ところで静止した。


(頭、まっしろ……全身が心臓

イブ

になったみたい。ええと、ことば、ことば)



 す……。


「口開けて、止まってどうした? ティ?」


 固まったティティの頬をイザークが撫でた。今度は心臓

イブ

が張り切って滅茶苦茶に動き出す。ぐるぐるする脳裏を叱って、ティティは何度も言葉を繰り返した。


「見てなさいよ、ファラオの娘の覚悟。見てなさいよ、ファラオの娘の覚悟。見て」


「ああ、分かったから。な、落ち着け」


 また背中をぽん、ぽんとやられて、ティティは顔を上げた。イザークは照れ笑いを浮かべた。初めて見る、少年のような屈託のない手放し全開の笑顔だ。


「俺のことでは一つたりとも困らせたくない。言えないなら、言わなくていい」


(優しい。そう、困ってるの。なら、言わない。言葉を無理して押し出しても、誤解を生むだけだから。この同じ空気、大切にしよう――)


 こくんと頷いた。イザークはまた嬉しそうに破顔して、「もう一度確かめる。男に火をつけて、収まりつくと思うなよ?」と躙り寄った。


「話が違うでしょうが!」


「それが男だ。火が点いたら止まるものか! 止めどない欲望を注ぎたくなる」


(よ、欲望……? 止めどないって!)


「何を言ってんのよ――っ! 舌なめずりなんかしないでよ! 獣みたい!」


「そっちが誘ったんだけど」

「あーーー うん.....ねえ、この間の続き、するの?」


イザークは立ち上がると海に視線を向けた。


「砂浜か岩場か....選べ」

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