第5章 古代の蜜夜に貴女を貫く。R18有

34……溶けるようなキスをしよう

 黒色のツンツン髪が見えた。イザークだ。

 イザークは広場の高台に座って、同じように空を見上げていたが、ティティに気付くと、当たり前のように左側を空けてくれた。


〝二人でドロドロになっちゃえば、案外すっきりしたりして〟あんな言葉を聞かされて、意識しないはずがない。(あ、身支度)バタバタと服の皺を直し、涙目を擦って、ティティはつんと言った。


「す、座るわよ」断って腰を下ろした。こうしている間も、頭上では星が流れてゆく。


 風は穏やかだ。ふと、地面に広げたままのイザークの手に気付いた。指は長く、強そうな手の甲。触りたくて、無意識に手を重ねようとじりじりと近づけてみる。


 心臓

イブ

が破裂して、星になりそうだ。


「星堕しなんて聞いたこともねぇけど、綺麗なもんだな~、ティ?」


 喉が動いて、ティティはぱっと顔を上げた。重なる寸前だった手をぱっと引っ込めて、頬を軽く叩いた。


(……ふええ、ネフトさま、どうしたらいいの……)


「見てみろ、せっかくの〝大道芸〟だから。一緒に見ようぜ」


 空気が触れるように、包まれた手を握り返す。指と指を絡めて、見つめ合った二人の頭上では、濃紺色の空が一瞬撓んで、無数の光の粒が落ち始めた。煌めいた光の粒はゆっくりと一点に集まって、落下する。ティティは忽ち光景に夢中になった。


 虹彩を撒き散らせ、海の前で剣を構えたサアラに向かっていくつもの星が奔る。


 サアラの剣には炎が宿っていた。黒炎に当たった光をサアラは手で子供達に翳して見せる。人間業とは思えない。やがてサアラの周辺は光でいっぱいになった。子供達はせっせと光を船に乗せて、海に流してゆく。小さな手をしっかりと合わせ、消える船を見送った。


(すごい、すごい。光の海だ――……)


 星の光を受けるなんて、どんな呪術でも不可能な話だ。聞いた覚えもない。


「イザーク。ネフトさまが言っていたの。サアラは夜空に縁があるって。何だろう。お空に親戚でもいるのかって思ったけど、違うみたい。光がね、ちゃんと手の中に」


 気付けばイザークはじっとティティを見詰めていた。


目隠しを取ってしまったらしく、充血した紺色の眼が剥き出しになっている。ティティはそっと手を伸ばした。


「眼の色、やっぱり揃ってたほうがいいよね……一緒だからいいよ……ね。マアトなんかずうっと遠くにいればいいのよ」


 さっとイザークは上半身を近づけ、体を硬くしたティティに顔を傾けてきた。口づけの予感。ティティは体を引き攣らせる。(ば、ばかっ)震えは激しくなる一方だ。


「嫌か? 俺と口づけは、嫌?」


 聞かれて頭が真っ白になった。ぶんぶんと頭を振ると、イザークは小さく頷いた。どぎまぎして、ティティはそわそわと肩を揺らして見せる。イザークはガッとティティの肩を掴むと、素早く顔を傾けた。左腕をぐいとティティの腰に回し、力強く引き付けた。引き付けた弾みに唇と唇はより深くなった。胸の膨らみがイザークに届き、ふにゃと凹んだ。上唇と下唇に唇を隠されて、点火される。


(わ、ぅわ……っ。火花、炎、見える……)


 探り合って互いの心に火を灯すような、お互いを味わう激しい口づけだった。


 イザークの舌がティティの炎を優しく宥めてゆくと、ティティもおずおず受け止めようと同じく、舌で応える。遠慮会釈ない愛情がティティを包み込んだ。


「――もう、だめ……力、入らない……ぅにゃ……ん」


「ティ?」抱き留めたイザークが呼んでいる。


 夜空が本当に美しいから、素っ裸で飛び出して、空を突き抜けたい気分。

 ティティは突如、視界に飛び込んだイザークを見た。頬が熱くなった。どこかに遊びに行った魂もすぽんと平然と戻って来た。


「あ……あの」イザークは上唇を舐めた。「頭、冷やしてくる」と背中を向けた。ティティはまた慌ててイザークの服を掴んだ。距離を取られるは嫌だ。魂を夜空に飛ばして、遊んでいる場合ではない。


「違うの! き、気持ち良かったの!」


 イザークの闇に染まった背中が怖々と動いた。ぐるんとティティに向き直って、ティティはビク! と肩を引き攣らせた。イザークはズイと歩いて来た。ガツっと両腕を捕まえられ、揺さぶられた。


「本当の話か? ティティ、それ以上、無理した説明は要らんぞ」


「無理なんかしてない! ほ、本当……その、入って来たあの感じが嬉しくて、魂がぽーん、て、飛んでっちゃったの! も、もう何が何だか……!溶けるかと思った...,,」


 最後はモゴモゴになって、指を折って唇を擦り擦り、必死で言葉を繋いだ。


「ティティ!」声と同時に両腕を強く掴まれ揺さぶられる。


 焦ったような、慎重なようなどっちつかずの口調でイザークが聞き返してきた。


「それ、本当か? 俺とのキスで、気持ち良かったって? 本当にティティ、そう思ったのか? 俺とキスして、良かったと。貴女が言ったのか? それって俺を愛してるとか、そういう話か? 俺が入った感じが分かったと貴女が? 魂ぶっ飛んだ?」


「もうもうもう! 何度も繰り返さないで! 勝手に決めていい!」


「いーや。何度でも言うね。最高の気分だぜ! 聞いたか! 夜空!」


(ご勝手に!)とばかりにティティは立ち上がった。直ぐさま捕まえられた腕にじたばたして、モゴと告げた。


「ぜーんぶ、貴方のせい。こんなに大切にされたら、ずっと、そばにいてって思う。勘違いなんかじゃない! わたしはわたしの心に誇りがあるから嘘なんか」


「素敵だ」イザークの腕を振り払う。イザークは見た覚えのない笑顔を浮かべていた。


(ちょっともう。何、その蕩けそうな表情)



「ティティ」イザークはごほっとなると、目線を逸らせて呟いた。

「もう一度、キスしていいか」……と。

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