解放の英雄(12)

 特に障害もなく王制府敷地内に侵入する。反重力端子グラビノッツは緩めの設定で歩行していたために、植栽や設備を破壊しつつの行進になるが気にしない。リューンはこの虚飾の宮殿を残すつもりが無かった。


(よくもまあ、これだけ飾り立てたもんだな。アルミナが大戦で学んだのは搾取による繁栄の構図だってか?)

 置かれた彫刻を容赦なく蹴散らしながら皮肉な笑いの発作に耐える。


「お出ましか」

 この期に及んで防衛に出てくる近衛隊のアームドスキンパイロットなど惰性で動いている人形だとしか思えない。

「きっちり覚悟を決めてくれ。家族の名を呼ぶ暇なんてくれてやらねえぞ」

「…………」

 死を覚悟しているのか、感覚が麻痺しているのか不明だが応答は無い。

「しゃーねえな」

「しばらく目と口を閉じてなさい」

「はい」

 エルシの指示でフィーナとエムストリは返事を最後に沈黙。


 一機目が放ったビームを横一文字に断ち、横薙ぎのブレードも踏み込んで叩き落す。肩をぶつけるように懐に入り込むと同時に胸部中央を背中まで貫き通した。

 コクピットを破壊したのを確認する間も無く横合いからのビームに突きを合わせる。力場剣の腹で上に流して機体を沈め、切っ先を上へ流しながら伸びあがる。腹部から斬り込んでいき、徐々に深く頭部までを縦に割った。


(怯みもしやがらねえ)

 役割が身に染み付いているのだろう。


 バルカンの嵐をジェットシールドで受けながら左足を滑り込ませて沈む。横薙ぎは両の大腿部に磨かれたような切断面を刻む。倒れてきた本体を避けると背部からコクピットを突いた。

 地面すれすれを走ってきたブレードがゼビアルの胸部へと伸びてくる。左のフォトンブレードで削りつつ上体を反らし、頭部に膝を飛ばして弾き上げる。捻りながら胸部を上下に裂くと背部側のジェットチャンバーが小爆発を引き起こした。


(腕は立つんだから、もっと上手に生きればいいものをよ)

 彼らは飼い馴らされた獣みたいだ。


 三角形に編隊を組んだローディカが同時にビームを浴びせてきた。至近距離で避けるのも敵わない砲撃にリューンは逃げない。

 地を這う一撃を左の小剣で刻みながら跳ねる。機体を地面と平行になるまで突っ込ませ、身を捻りつつ躱すと推進機ラウンダーテールをひと噴かししてスクリュー回転するブレードを真ん中の一機に叩き込んだ。

 胸の中央に穴を開けた敵機を蹴りつけながら反転する。すり抜けていた二機の背中から両手のフォトンブレードでそれぞれ貫いて戦闘不能にした。

 突進してきた最後の一機のブレードを振り返りざまに撥ね上げる。がら空きになった胸部を小剣で一突き。右足を掛けて引き抜きながら押し倒すと大剣を前に突き出した。精鋭の近衛八機を相手にその間、数秒というところだろう。


「さあ、てめぇの鎧は綺麗に剥ぎ取ってやったぜ?」

 宮殿エントランスに憤怒の表情で立っているのはキオーである。大剣の切っ先は彼の首元に添えられている。

「どうする?」

「降伏になど応じるものか。好き勝手に暴れて血塗れの殺戮者に堕ちるがいい」

「くだらねえ脅しだ。そんなん屁でもねえ。俺は先祖伝来血みどろの英雄様だろ?」

 苦い顔で頬を引きつらせている。

「決断しろとか言ってねえよ。ただメルクードを引っ張り出してきて、参ったって言わせりゃいい。責任も何もかも被せてな。得意技だろうが?」

「何とでも言え。我らが先祖はこの厳しい環境の惑星ほしで生き抜く術を模索した。結果、最も効率のいいシステムが王制だったのだ。これを曲げればアルミナという国の運営は破綻する」


 元来の主張を曲げる気はないと言う。方便では語れない芯がこの国防大臣の中にはありそうに思えた。


「権力に酔ってるんじゃねえとでも言いたいか?」

 探りを入れる。

「私腹を肥やすのに利用した輩が居たのは否めない。が、権力は基盤だ。それを強固に維持するには様々な手段が必要なのだ。金もその一つ。貴様のような小僧には想像の及ばない世界で我らは生きてきた」

「でもよ、それが他人様を虐げていい理由にはならねえ。やり過ぎたんだ。責任を取れ」


 その時、テラスから金切り声が響いてきた。見上げると、豪奢な衣服を纏った長髪の人物が人差し指を振り回して吠え立てている。


「そうだ! 其奴そやつに責任を取らせろ! 余は悪くない! 何もかもは其奴が仕組んで余の耳に囁いたのだ!」

 責任転嫁も甚だしい。

「父上、あなたは責任を背負わなくてはならない立場にあります! 始祖トマソンの血を引く者として放棄してはなりません!」

「エムストリか! この背信者め! 王族の威信を投げ捨ておって! 余が悪くないと言ったら悪くないのだ!」

「どこまで情けないことをおっしゃるんですか!」


 メルクードは腕を振り回してどんどんと身を乗り出してくる。その瞳は血走り、露骨に正気を失っている様を見せていた。


「其奴が! 其奴が! 其奴がー!」

 その身体は手摺を越えてくるりと回る。

「ぎゃー!」

「馬鹿なことを!」


 30m以上あるテラスから転落したアルミナ国王は惨めな姿をさらしていた。それでも死して責任を取ったというべきだろうか。


「代わりに死んでくれたとか思ってねえだろうな?」

「思っておらぬ」

「怯えて命乞いしないのだけは褒めてやるよ」

 ブレードは微動だにしない。

「だが、詫び言で済ますには死に過ぎた。分かってんだろ?」

「悔やむとしたら、貴様を敵に回したことだけだ」


 その威圧的な眼光をものともせず、リューンはフィットバーを軽く横へ振った。

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