血の意味(8)

(息吹き返したみてえに仕掛けてきやがるな)


 市民運動が下火になったのに合わせてアルミナ軍は再び前進して迎撃する構え。軌道上のゼムナ軍も降下する気配を見せているのが、盗み見た監視衛星の映像から窺われる。


(やっと仕留めに掛かれるとか思ってっかもしれねえが、そう簡単じゃねえぜ。こっちだって安穏としていたわけじゃねえ)


 現地での食糧確保などが軌道に乗り補給艦のペイロードが空いた今、そのスペースには本国で生産されたルフェングやジャーグが搭載されて送り込まれている。

 パイロットの慣熟も進み、鹵獲機とは一味違う独自開発機に搭乗できる人間が格段に増えた。戦力的には結構上がっているはずである。


「どんくらい配備できた?」

 エルシの整った横顔に質問をぶつける。

「ジャーグだと三割程度だけどルフェングまで入れたら全体の八割近くまで配備できたわ。それなりに戦えてよ」

「そっか。じゃあ、アルミナ軍のほうは任せられるな?」

「おそらくね。指揮官教育プログラムも普及してきたし、元の組織単位でなら何とか戦闘に耐えられる運用ができるかしら」

 逆にいえば軍のように確立された指揮系統は構築できていない。

「五分に持ち込めりゃいい。向こうだって戦力ダウンしてんだろ?」

「あまり報道には乗らないけど、武装放棄した部隊とかも出ているらしいわ」


 エムストリの演説の結果としてゼムナ・アルミナ連合軍の枷は外れている。ただし、逃亡兵が多数出たうえ内部に踏ん切りがつかなかった兵を抱えた状態。戦闘で反意を募らせた兵士が戦場での戦闘放棄まで始めた場合、指揮系統は寸断され戦術行動は困難になるだろうことは容易に想像できる。


「面倒なゼムナ軍を蹴散らしてやれば崩壊するな」

 リューンはニヤリと笑う。

「確率は高いわね。でも、あちらの結束は固いから崩れにくいんじゃなくて?」

「いや、難しくはねえ。ゼムナ軍は奴のワンマンだ。あのお坊ちゃんだけぶっ潰してやりゃあ脆いだろうよ」

「やって見せてもらいましょうよ、女史。言った以上はね」

 詰めているオペレータのハーン・ジーケットがあてこする。フィーナは今は非番で、戦闘前になったら艦橋ブリッジに上がってくるだろう。

「ああ、やりゃあいいんだろ? できるぜ、俺とゼビアルならな」


 そう言って手を振ると立ち上がる。そろそろ格納庫ハンガーで戦闘準備に入る。リューンの場合集中など不要で、そこで会話してモチベーションを上げていくだけだ。


(あのすまし顔から化けの皮を剥いでやる。その下の殺戮者の面を拝んでやるぜ)


 彼と同じ場所へと堕としてやらねば気が済まない。


   ◇      ◇      ◇


σシグマ・ルーンにエンチャント。機体同調シンクロン成功コンプリート

 透き通った女性の声に設定されたシステムアナウンスがクリスティンの耳に届く。

「急がせてすまなかった」

「とんでもございません、閣下。お役に立てて光栄です」

「問題無いようだ。ありがとう」

 整備士は恐縮して敬礼する。


 エクセリオンの背部には大振りな推進機ラウンダーテールの可動式直管加速器の隙間を埋めるように、楕円の断面を持つ全長8mの紡錘形のレギュームが四基装着されている。砲身基部の下端の四カ所に反重力端子グラビノッツのターミナルエッジが突き出ており、パルスジェットの噴射口が配置されている。


「閣下がレギュームを使えば向かうところ敵無しですよ。凱旋をお待ちしています」

 若者の言葉に背中を押され、手を上げてシートを後方にスライドさせた。

「期待には応えねばなるまい。正義を背負ってな。それがライナックというものだ、リューン・バレル」

 すぐに矛先を交えることになるだろう相手に語り掛けた。


 予想通り、敵旗艦ベゼルドラナンは自軍側への戦列の中央に座している。敵機が連なる場所へと発進する友軍機が、イオンジェットの黄色い光で敷く絨毯の上を滑るようにエクセリオンを飛ばした。

 迎撃に上昇してくる戦列の中心に居るのは煌めく銀色の機体。宿命さえ感じさせる好敵手に、クリスティンはたぎる熱を四肢へと満ち渡らせた。


「リューン! 来い!」

 手出し無用を宣言するべく大音声で呼び掛ける。

「気合入ってんじゃねえか、御曹司」

「私は背負っているものが大きいのだ。いつまでも君にかまけていられない」

「言ってろ。俺様にとっちゃ、てめぇは崩してく壁の一枚に過ぎねえって分からせてやる!」


 イオンジェットの光を残して紡錘形のビーム砲が放出される。ケーブルで繋がれた砲は彼のσシグマ・ルーンからの命令に従い周囲を飛び交う。


「ああ? そんな玩具で俺を墜とせると思ってんのかよ!」

 これから何が起こるか知らないリューンが吠え立ててくる。

「やってみせるさ!」

「無理だっつってんだろ!」


 レギュームから放たれた光芒は狙い違わずゼビアルへと向かうが光刃に斬り払われる。死角からのビームにも反応したリューンは全てを躱すか斬り刻むかしてみせた。


「それがどうした! 本体から離れていようが戦気は感じられるんだぜ?」

 それ自体はクリスティンも知っている。

「レギュームの真価はそれではない!」

「なに?」


 砲身を形成していた紡錘形が、豆の莢が弾けたときのように上下に開く。だからこそこの兵器はレギュームと呼ばれるのだ。

 そして、開いた莢に挟まれた空間には閉塞磁場が展開され、射出口から放たれたビームが磁場の弱いところを貫いて撃ち出される。レギュームは感応制御移動式拡散ビーム砲塔なのである。


「戦気の輝線では射線は読めないぞ!」

「くおおっ!」


 戦気眼せんきがんに射線が表れない無数のビームがゼビアルに襲い掛かった。

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