第十二話
逃げた英雄(1)
リューン・ライナックがバレルを名乗るに至る事情を語ろうとすれば、かなりの時間を遡らなくてはならない。それは大半が養父から聞いたものである。
求められたオレンジ髪の少年は最初から語り始めた。
◇ ◇ ◇
ディド・バレルは奇妙に感じることがある。学年一優秀であるとされるセト・ドゥネガルがなぜ自分の親友であるのか?
出会いは同じクラスになった時であり、親しくなった経緯も憶えているのだが、あまりにタイプが違い過ぎる。普通に考えれば欠片も共通点が無い。
奇妙に思う点はもう一つ。やはり同じクラスのペギー・リードの件である。彼女は飛び抜けて美人というほどではないが、可愛らしく愛嬌もあって非常に人気がある。交際を申し込まれることなど日常茶飯事だ。
なのに、そう目立つ存在ではないディドと付き合っているのである。そう、付き合っている相手がいるのに告白されるほどなのに、どんな美男子に手を差し出されようが頑として首を縦に振らずに彼と手を繋ぎたがるのである。もう意味が分からない。
ディド・バレルは今十七歳。惑星ゼムナの首都ポレオンの片隅でパン屋を営むバレル家の息子である。半年後にはミドルエイジスクールを卒業する。その後は父親を手伝って、いずれは店を継ぐつもりだ。
それは両親に強制されたのではない。父も母も彼にハイエイジスクールに進学するよう勧めた。しかし、ディドは家業のパン作りが大好きで、将来をパン屋に見定めていたのである。
ミドルエイジに上がる前から父に仕込んでもらっていた彼は既に商品レベルのパンが焼けるようになっていた。それで仕事が更に楽しくなっていたのだから仕方がない。
「はい、ディド!」
グラウンドを望む校舎縁で疑問に首をひねっているとペギーがやってきた。どこにいても彼の居場所を嗅ぎつける。
「何見てるの?」
「見てたわけじゃねーんだわ。色々悩んでた」
「進路? だったら一緒のハイエイジに行こうよー。寂しいもん。両親も良いって言ってるんだし」
何度も誘われている。
「いーや、それは譲らねー。オレはもうパン屋一筋でいくんだ」
「もう、頑固なんだから。そんなとこもいいけど」
隣に腰掛け、薄茶色の髪をかき上げながら言う。
仰ぎ見るペギーはとてもチャーミングだ。背中にようやく届くかという髪は艶々と輝き、繊細な柔らかさを持っている。顔の輪郭は少し丸く彼女もそれを気に掛けているようだが、ディドにはそれが愛嬌ある部分の一つだと思えてならない。
青い瞳や小振りな鼻、ふっくらとした唇もディドには眩しくてならない。可愛らしさを練って焼き固めたような存在だと思っている。
年齢なりに均整の取れた身体も実に女性的な魅力を持っている。出るべきところは出て、引き締まるべきところは見事にくびれている。それが男どもの目を捕らえて離さない。
「じゃあ、何を悩んでいたのよぅ?」
すげなく断られたペギーはわざと頬を膨らませている。
「不思議なんだわー。なんでオレがペギーと続いてるんだか」
「不満?」
「幸せ過ぎて不安になるって―の」
ちょっと意表を突いたのか、ぴくりと反応した彼女はすぐににんまりと笑う。
「だったらいいじゃない。そのまま一生幸せになっちゃえ」
「怖いこと言うなよ。それにそいつはいつかオレが言うはずの台詞だから仕舞っといてくれ」
「はい、言質取りましたー!」
嬉しそうだ。ディドが見たかった通りの表情。
そこに姿を見せたのはセト・ドゥネガルである。彼もこの学校の美男子枠の一つを確保している。
全体的に見れば線の細い印象。焦げ茶色の髪が縁取る面も細く、顎に向けて流麗な線を描く。鼻も高く、鋭利な感じがしなくもない。ただ、柔和な目がそれらを緩和させている。
落ち着いた物腰と柔らかな口調。それらが合わさって、皆がセトに感じるのは一つ大人の空気である。特に女性はそこに痺れるらしい。
「やあ、ペギー。ディドも。ここで何をしているんだい?」
涼しげな眼差しが問うてくる。
「将来を誓い合ってたの」
「ぶっ、何言ってやがる!」
「素晴らしい。でも、それはこんな片隅でするような誓いなのかい?」
茶化された。
「大々的にするもんでもねー!」
「でもさ、それなりに雰囲気ってものがあるだろう?」
「だからプロポーズしたわけでもねーっつってんだろ!」
ツッコミに事欠かない。
「えっ、じゃあ今のは遊びだったの? ショックー」
「違う! 予行演習だ!」
「だったらいい」
そう言いながら彼女はディドの腕を抱く。柔らかな感触に頭の中が違う熱に侵されていくのを感じていた。
三人の中心になってしまっている当のディドは決して美男子ではない。ただの冴えない男だと自分では思っている。
両親譲りの金髪は密かに自慢だが、だからといって念入りに手入れしているわけではない。パン作りの時の邪魔にならないよう、適当な長さに整えているだけ。
大作りな顔の部品の配置も、お世辞にも整っているとは言いがたい。こうして三人の時こそ笑顔でいられるが、普段は仏頂面をしている自覚がある。近寄りがたい空気を出していることだろう。
身体も固太りしていて、ともすればアウトロー的な雰囲気を醸し出しているかもしれない。クラスで浮いた存在になっていないのは、ひとえに二人のお陰だと思っている。
そんな自分が、二人のかけがえのない存在になっているのが奇妙でならない。
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