破壊神のさだめ(後編)(4)

『よいのか? 娘は傷付いたままだぞ?』

 出撃前、後ろ髪が引かれる思いを断ち切るように歩くユーゴをリヴェルが窘める。

「いいんだ。ラーナにとって誰が一番危険だって君にも分かっているよね?」

『そう感じておるか。だが、その一番大きな影響力をあれがどう受け取るかは娘の自由ではないかね?』

「少なくとも無ければ悪さはしない。僕には破壊して無くすることしかできない。それが破壊神のさだめだというのなら抗い切れないね」

『業の深いことよの』


 ユーゴは本当の神ではない。何もかも見通す目など持ち合わせない以上、自分に可能なことをやり切るしかないのだ。

 ラティーナに及ぶ可能性がある危険を全て破壊する。様々な手段を用い、どんなことしてでも、だ。多くを失わなければその結論に達せなかった自分が腹立たしい。


「ユーゴくぅん、最近の君は評判が悪いから周りの目が痛いんだよぅ」

 ヴィニストリは困り顔を見せている。

「あたしも先輩に守ってもらわなかったら折れていたかも」

「ごめんね、リズ。ヴィーンも。今日のうちにひと通り片を付ける予定だからもう迷惑かけないで済むと思うよ」

「そうしてくれるとありがたいね。これからの僕たちの精神衛生上」

 この決戦に勝利すれば討伐艦隊は解体されるはずなのに、これからもリヴェリオンの整備を担当するつもりらしい。

「あ、怒ってたりしてませんから。帰ってきた時、ちゃんと笑顔で迎えますから頑張ってきてくださいね」

「うん。今までありがとう。じゃあね」

「え……?」


 ヘルメットのバイザーを降ろすと戸惑う顔に微笑で応じる。そのままパイロットシートを後ろへとスライドさせて操縦殻コクピットシェルのガードを降ろすとハッチも閉めてしまう。


ラティーナにもそれくらい優しくしてやればよいものを』

「できなかったのが僕の未練なのかもね」


 今日のリヴェルは説教臭い。それでも一番最後まで自分に寄り添ってくれるのが彼であるのは間違いないだろう。

 過去、協定者にとってゼムナの遺志がどんな存在だったのかは知らない。ユーゴにとってはかけがえのない友人であり、心の支え以外の何物でもなかった。


σシグマ・ルーンにエンチャント。スリーツーワン機体同調シンクロン成功コンプリート

 大人びた女性の合成音声がユーゴとリヴェリオンが繋がったことを告げる。


 宇宙空間と格納庫ハンガー内を遮断する磁場カーテンをくぐり、空気の無い場所へとリヴェリオンで進み出た。予定されている配置に付くと、既に望遠ウインドウではなくとも彼方に機動要塞ジレルドーンの姿が見える。

 これからの段取りに思いを馳せていると共通部隊回線の一つから凛と張った美しい声音が流れてくる。それは透明感のある薄黄色のボディを持つ機体のパイロットから発せられていた。アル・ティミスが中央甲板デッキの最奥、艦隊の中心に当たる場所へと進み出て優美なフォルムで浮かんでいる。


「ガルドワの栄光を支えし勇ましき戦士たちよ! 我がもとに集いし平和の守護者たちよ! 今、決戦の時がきたことをここに宣言します!」

 手にしたビームカノンで天頂を指す。

「無法の徒たるザナストを討伐し、我らの真の力を人類圏にあまねく示しなさい! あなた方の作り出す平和こそが、人類の繁栄と未来を生み出すのだと人々に知らしめるのです! 勇気ある行動で紡がれた未来で、必ずや讃えられる歴史の一幕となるでしょう!」

 カノンをラッチに格納したアル・ティミスは差し出した右手を上げる。

「それこそがわたくしの願いです! さあ、この道しるべに従って進みなさい!」

 ラティーナは指で真っ直ぐと前を指し示した。

「出撃!」

 ゆっくりと上げた手を振り下ろした。


 部隊回線が轟々と震える。総員が鬨の声を上げて一斉にイオンジェットを噴かした。アル・ティミスを中心に光の扇が大きく広がっていく。


(そう、君は戦士じゃない。人々の中心、政治の舞台に立つべき人なんだよ。僕に付き合って戦場なんかにいるべきじゃないんだ)

 そう言い残してユーゴもペダルを深く踏み込んだ。


 長大なシールドカノンを掲げるアル・ゼノン二機に促され、アル・ティミスは再び磁場カーテンの向こうに退いていく。彼女が二度とアームドスキンなんかに乗らないで済む世界をこれから作り出さなくてはならない。そのために少年は命のやり取りだけが支配する宙域へと決然と機体を飛ばす。


(やることは少なくないけど、順番を間違えなければそんなに難しくはない。僕にならできるはず。僕とリヴェルとリヴェリオンになら、かな)

 ユーゴは遥か彼方に見える白い粒の帯へと目を移す。

氷塊環礁そこで大人しく見てろよ。そんなに待たせたりはしないからさ。心配しなくても気が付けば舞台の真ん中にいることになる。相応しい振る舞いを演じてほしいもんだね)

 まず舞台に上がるべき相手は前にいる。

(アクス・アチェス。あんたの倒すべき相手はここだよ。ちゃんと踊ってやるから早く来いよ)

 因縁の相手を待つ。


 周りからは彼が悪意と裏切りに染まってしまったと見えるだろう。しかし、少年自身の心は冴え渡っている。自らの願いを叶えるときがやってきた。必要な道具アームドスキンは手のうちにある。


「さあ、仕上げだよ、リヴェル」

『汝が思うままに』


 白いアームドスキンは曇りなき航跡を刻んでいた。

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