破壊神のさだめ(後編)(3)
(ユーゴは半ば死を覚悟している)
ラティーナにはそう感じさせる言動だった。
(止めなくては)
まるで強迫観念のように思う。
(託してくれたおば様に申し訳が立たない)
それが彼女の恋心から生じている思いだとしても、理由はいくらでもある。
幸い、招けばユーゴは快く応じてくれる。どれほど疑念を挟もうが、彼女の願いをなおざりになんてしない。
「いらっしゃい」
ベッドサイドの入室許可スイッチを操作してスライドしたドアの向こうへと呼び掛ける。
「来たよ。でも、艦隊が突入を強行したときの警護は心配しなくていいからさ。アクスは何とかしてみせるよ」
「いいから、こっちに来て」
後ろめたさからか早口になる少年を手招く。
ユーゴの頬は少し赤い。緊張しているのが分かる。それもそうだろう。今はもう夜で、ここはいつもの執務室兼居室ではなく寝室だからだ。ジャクリーンの姿もない。
「何を考えているの。教えて」
常ならぬ雰囲気に少年は二の句が継げない。
「そのために他に誰もいない、記録装置の一つもない場所を選んだの。ここなら何も心配いらないわ」
「ラーナは知らなくていい」
「そのほうが私は幸せだから? 持ち上げられて、汚いものからも切り離されて。あなたまでプリンセス扱いなんてするのならとても悲しいのだけれど」
幼馴染に求めているのはそれではないと暗に匂わせる。
「違う。君はそれ以上悲しまなくていい。そうでなくとも今は必要以上に苦しい立場にいる。僕が戦場に引き摺りだしてしまった。君の優しさを甘くみてたね。後悔してるよ」
「もう手遅れよ。共有したいの。苦しみも悲しみも全部あなたに押し付けたりしたくない。傷付くのを怖れたりしないから」
ユーゴは戸惑いを見せる。視線は彷徨い、ラティーナを直視しない。それは彼女がもうスキンスーツを脱いで薄めの部屋着に変わっている所為かもしれない。
「ねえ、ユーゴは命を捨てる覚悟をしているんじゃない?」
真意に気付いていると匂わせる。ただの勘に過ぎないが。
「アクスはもちろん、ザナストは僕が邪魔で仕方ない。
「それよりもっと深い覚悟。皆はあなたが変節したと思っている。でも、ずっと一緒にいた私には分かる。何か大きな願いが無ければそんなふうにはならない」
「……いつも願ってる。正直、人類の平和とかガルドワの危険性だってどうでもいい。ただ、この小さな世界で安全が保たれているかどうかが君の心の平穏に繋がるのだから僕が変えてみせる」
気付いてはいたが、それが要点らしい。
「無理しなくていいから。私は一緒に幸せになりたい」
「嫌だ。もう後悔したくない。変えてしまわなくては、いつ
同じ境遇のフィメイラ、母ジーンの死もそうだが、妹サディナの突然の死は少年の心に極めて大きな影を落としていると思われる。その影がいつラティーナを飲み込んでしまうか怖ろしくてどうしようもない。だから彼は懸念を取り除こうと行動しているらしい。
「サーナとは環境が違うもの。色んな人に守られてる。簡単に死んだりしないわ」
戦場にいる限り気休めでしかないが。
「ね? もう少し余裕をもって。そんなに急がないで」
「急いでいるのはラーナたちだよ」
「あなただけが危険に近いのが嫌なの。お願いだから死なないで。この戦闘も生きて帰ってくるって約束して。……あなたが好きなの」
真摯な想いを伝えるつもりで一拍置いた。驚きに染まっているような、それでいて何か予想をしていたような面持ちの少年に向けて顔を近付けていった。
唇に柔らかな感触を感じるとともに彼の温かさがじんわりと伝わってくる。少年の恋情と自分のそれが溶けあって一つになればいいと念じるように唇を重ね合った。
「……!」
ユーゴが震える。内なる衝動に抗うように身体を硬くする。
「駄目だよ……」
「駄目じゃないわ。願い通りに帰ってきてくれるなら、この先も……。ねぇ、私の気持ちも解って」
名残惜しげに離れた唇がそんな言葉を紡ぐ。
甘やかな時が流れる。とても心地良いとラティーナは感じている。突き進もうとしているユーゴを止めたいと思う気持ちも本当。しかし、忘れて没入したいと感じているのも事実。それは厳しい現実からの逃避なのだろうか?
「約束できない」
触れ合う身体も伸ばされた腕もそのまま。突き放されているのは言葉だけ。
「どうして? 真剣に想ってくれているんでしょう?」
「それ以上に願いが強いから。アクスは侮れる敵じゃないし、ハザルクも容易に排除できる程度の組織じゃない。何をするにも危険が伴うんだよ。僕は……」
「あなたが捧げてくれる勇気は本当に嬉しい。それ以上に失いたくないと思うのは私の我儘なの?」
少年の瞳の色に曇りはない。誠実でありたいと思ってくれているのだろう。
「ごめん」
そう告げるとユーゴは身体を離して立ち上がる。未練を振り切るように一度も振り返らず部屋を出ていった。
(無理なの?)
切なくて、大粒の涙が頬を伝い落ちる。
(心も身体も全て捧げてもあなたを引き留めることさえできないの?)
無力感に打ちのめされる。
自分の狡さを、抱き締めた枕の湿りとして感じてしまう夜だった。
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