混沌の宙域(8)

「どうします、スチュー?」

 レクスチーヌから発進したオリガン・ダンクトは隊長機のアル・ゼノンに問い掛ける。

「連中、件の秘密組織に与しているなら味方とも言い切れないんでしょう?」

「純粋に味方とは言えんだろうなぁ」

 識別が友軍機になっていてもだ。

「だがザナストの奴ら、特務のアーセロイを沈めたからな」

「敵の敵は味方ってわけにもいかないし」

「厄介なことにな」


 四機編隊を組んでいる残りの二機、メレーネ機とフレアネル機は活き活きと敵部隊に突っ込んでいっている。出撃時は不安が重くのしかかっていたのかペダルを踏む足も鈍かったようだ。

 ところが特務艦隊から発した白いアームドスキンが勇躍敵を圧倒し始めると明らかに動きが変わる。裏切られたかという思いが払拭されたのだろう。女性陣は心理的影響が表に現れやすいみたいだ。


「上同士で話してたみたいだから今んところはどうなったかは分からない」

 現場に伝える段階には至っていなかったようだ。

「でも現実問題として両方を相手にするのは無理ってもんだろうが」

「自殺行為ですね」

「なら、とりあえず味方って思っておいたほうがいいんじゃないのか?」

 多少の楽観論を織り交ぜる。

「そう思いたいですね、っと!」

「ほい! 思っとけ」


 フレアネルが取りこぼした敵機が放ったビームをオリガンが躱して反撃を入れる。回避方向を限定する砲撃を読んだスチュアートはそこへビームを放り込んで撃破した。


「一応警戒だけしときゃいいだろう」

 突き進む二機に追い縋る。

「ですがね、あれ、大丈夫だと思います?」

「おいおい、特務っていったら精鋭ぞろいだって触れ込みだったんだがな」


 特務隊のアームドスキン部隊も交戦状態に入っているが、見るからに旗色が良くない。弾ける閃光の数がそれを如実に物語っている。


「厳しくないですか?」

「仕方ないな。ちょっと恩でも売っとくか」

「了解」


 スチュアートは隊長として目標の変更を指示した。


   ◇      ◇      ◇


 特務隊機は明らかに苦戦している。


 ガルドワ製としては長期にわたりヒット商品となり、軍でも最前線を支えてきたアームドスキン、デュラムス。正確でありながらパワフルな駆動系に装甲の堅固さまで兼ね備えた機体であれど、最新シリーズとなるアル・スピアやアル・ゼノンに比べると先鋭技術のフィードバックが為されていない分劣る。

 その差だけといえば嘘になるだろうが、貪欲に技術を吸収し続けてきたザナスト機を相手にすれば苦戦を強いられても仕方ないかもしれない。特に頭部に透過金属を備えたナストバルに攻め込まれると、そこから戦線が崩壊している。


「なんだ、この敵は!」

「デュラムスがパワーで押し負けるだと!?」

「討伐艦隊の連中、こんな敵と戦ってきたっていうのか?」


 僚機が光の球と化していくのを歯噛みしつつ疑問ばかりが頭に浮かぶ。現実にアル・スピアを主軸にし、アル・ゼノンが要所を締める彼らは善戦どころか優勢に戦闘を進めている。

 こなれた編隊機動で瞬時に接近すると、またたく間に貫き裏を搔き粉砕して敵機を減らしていっているのだ。同じ実戦部隊でありながら、あからさまに差が出てしまっている。続く激戦がその差を生み出していると思うしかない。


「このままでは特務の名折れだ!」

「奮起しろ! こここそ本物の戦場!」

「やられっ放しでたまるかよ!」


 意気は盛んだが、それだけで戦局は変わらない。特務隊側の戦線は徐々に薄くなり、押し込まれる場面が増えていっていた。


   ◇      ◇      ◇


 特務のアームドスキン隊相手では押し気味に進めているザナストの戦力も、リヴェリオンに苦しめられ、討伐艦隊の部隊には押し込まれている。歪な戦線を形成する戦場は混沌の様相を成している。

 その中でも、序盤こそ躍起になって攻めていたユーゴの前には敵が少なめになってきていた。損耗を防ぎつつ、遠巻きに牽制して足留めをする構えなのだろう。


(そんなのでいいのかな)

 散発的に襲ってくる砲撃を回避しながら、ぽっかりと開いた空間を眺める。

(好きにさせてもらうよ)

 無理に追撃するでなく目標を変える。


『仮想砲身力場形成。ブレイザーカノン発射準備完了』

 フランカーの砲身の延長線上に、薄っすらと黄色い円筒が浮かび上がる。この集束力場は外光を内部反射して蓄光放出する性質があるらしい。それで実体を待たないまでも可視状態になるようだ。


 直径が4mにも及ぶ大口径砲が放たれ、彼方のザナスト艦に向かう。防御用歪曲磁場に直撃を受けた艦は揺らぎつつ、鎧を剥ぎ取られながらもかろうじて持ち堪えた。そこへフランカーの遠距離狙撃が何発も突き刺さり、内部に破壊の嵐を巻き起こす。

数秒を数えたのちに各所から爆炎を噴き出したかと思うと全体が閃光と化して爆散する。


「騒いでるね」

 にわかに強度の高い電波が空間に満ちる。敵の部隊回線だ。

「早く動かないと順に沈めるだけ」

 次の艦に向けてブレイザーカノンを放つ。

『弾体ロッドが不足しています。換装してください』

「消耗が激しいのが玉に瑕だね」

『それは仕方あるまい。我も質量保存の法則は曲げられぬ』

 リヴェルの声が苦笑を帯びる。

「ん? あれは……」


 そのともしびに反応したユーゴが視線を移すと、敵艦隊後方よりイオンジェットの尾を引いて急速接近する機体が存在した。

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